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四十一話。

 帯々君家の玄関前でのちょっとした会話を終え、人の気配がするリビングに足を踏み入れるとそこには心から大切だと思う3人が傷ついていた。

 二宮棗はとても辛そうに横たわり、久遠帯々は額から血を流しながら拘束。そしてこの二人が助けようとした久遠九々は変な薬でも盛られたのか全身が赤くなった状態。しかも久遠帯々の姉である成神瑠々によって初体験を嫌々迎えようとしている。


 ――……キツイ。


 想像以上の光景に息が詰まる。7年の時を得て私は再び自身を呪う。そして誰かに対して、諦めるのではなく憎悪を抱く――。


 だから私は2度目の自殺以来、久しく忘れていた他者への憎悪を思い出させてくれた成神瑠々にお礼と感謝を込めながら聖なる夜に相応しい台詞と共に彼女の右目に最後のパーティークラッカーを打ち出した。


「あらあらまあまぁ、灼熱のアスファルトに落とされたミミズみたい」


 右目を抑え、変な唸り声と共に身体をクネクネさせる姿まさにミミズそのもの。しかしミミズと唯一違う点がある。それは愉快でなく不愉快であると言う事。土を被せた上から踏みつぶしたくなる光景だった。


「三人から離れて?」


 と、二宮君達三人を拘束している女子学生達に言う。――が、ただ一人だけ従わない。久遠九々を拘束する女子中学生だ。


「ひっ」 


 成神瑠々とは別種の不快感を感じさせる女子中学生は、視線が交わった途端にその身体を震わせる。そして私を見上げながら「兄さん」と、擦れが擦れに言ってきたので、ポケットからこの女子中学生と同じように私を兄と呼んだ小学生の身体の一部を彼女の足元に投げた。


 そしてもう一度言う――「離れて?」と。


 女子中学生は足元に投げられたモノを確認するなり、自身の頭を手で抑えながら離れた。


「四季先生は棗君を。淳兄さん達は久遠少年と久遠少女をお願いします」


 待機していた四季先生達に声を掛け、三人は行動を開始する。


「――酒か。こっちは重度の酩酊状態だ。そっちの二人はどうだ?」


「こっちは大丈夫です。出血量に対して額の傷はそんなに酷くない」


「こっちは駄目。直ぐに病院に連れて行った方が良い」


 三人がそれぞれ二宮君達を診察して報告し合う。そして四季先生と麻紗姉さんは危険だと判断した二人を連れて外へ連れてゆき、十数秒後に麻紗姉さんだけが戻ってきた。どうやら四季先生が二人を病院に連れて行ったらしい。

 本来であれば二人と一緒に久遠少年も病院に連れていくべきなのだろう。でも久遠少年にはこの場に残って貰った。お父さんが亡くなってから長らく続いてしまった辛い日々、その最期をその目で見届けて貰う為に――。


「お前……お前っ……お前お前お前ッ!?」


「煩い」


「アグッ」


 這い蹲りながら騒ぐので、ついでに顔を上げさせようと成神瑠々の髪の毛を引っ張り上げて黙らせる。彼女の右目からは血が流れていたので左目の視野を確保する為に前髪を払い、私は廊下で待たせている二人を呼んだ。


「――! マ……マァ……?」


 と、リビングに入ってきた二人の内その一人に釘付けになり、姉と同じように母親の名称を呼ぼうとした久遠少年の口を麻紗姉さんが塞ぐ。

 成神瑠々が言った通り、廊下に待たせていたのはGW最終日に我が子を捨てて消えた母親。そして久遠少女の父親だった。


「ママ! ママッ! 助けてママッ!! 痛い、痛いの――助けて」


「……」


「マ……マ……? どうしたの? 娘が暴力を振られてるんだよ? 娘が血を流しながら助けを求めてるんだよ? ――なんで? なんでそんな目で私を見るの……?」


「……」


 娘の声に連れてきた母親は何も言わない。答えない。ただただ自分の過ちを3歩程離れた所から見下ろし続けた。

 まるで殺したゴキブリの残骸を見る様に。潰して血が纏わり付いた蚊の残骸を見る様な目で見下ろし続ける――。


 そして沈黙を自ら破った母親が娘に放った言葉は「生むんじゃなかった」だった。


「アンタさえいなければ私は母親でいられた。アンタさえいなければ私達三人は幸せに暮らせたのにッ」


「何をい――何を言ってるの? ママ? 何を――」


 話の最中に掴んでいた髪の毛から手を離す。すると成神瑠々はミミズの様に床を這って母親の元まで近づいていった。


 しかし母親は娘の手が自身の足に届く入るや否や後ろへ下がる。下がって顔を歪ませながら言う――、


「近づかないで。縋り付いてこないで。狂った愛情を私に求めてこないでよっ! 私はパパとは違うのッ!! 普通なのッ!!」


 と。

 母親がずっと心に抱いていた鬱憤を聞いた娘は、母親が浮かべている表情と似た表情と為って言い返す。


「そんなの……そんな……ママ、でしょう? ママでしょ? 私を産んだ母親でしょう! その狂った愛情しか与えなかったパパの妻でしょう!!」


「ッ」


 母親は娘の胸倉を掴み上げてはその頬を殴る。殴った拳の皮が剥けて血が滲み、殴られた方は口元から血が流れた。


「どうしてそこで終わっちゃうの!? どうして殴られた理由が”愛しているから”で終わっちゃうの!? 愛してるから暴力を振るうなんてそんな馬鹿な話があるはずないでしょう!!」


 再度殴る。滲む血と流れる血の量が増える。


「一度でも愛してるって言われた!? 殴らてた後に一度でも愛してるって言われた!? 微笑んでくれた!?」


 また殴る。遂に滲む血は滴となって手の甲から流れ落ちる。

 ここで私は視線を二人から久遠少年に移した。


「帯々君。見苦しくて見るに堪えない光景だけどちゃんと見てて? お父さんが亡くなってから始まった辛い日々、その最期を」


「は、はい……」


 と、久遠少年は姉を殴る母親を見ながら辛そうに頷く。

 齢13歳でこの光景は中々に酷だとは思う。それでも母親の選択がキッカケとなり、姉によって自殺に至るまで追い込まれた久遠少年だからこそ最期まで見なければならない。


 母親が残した過ち()から、久遠帯々が解放されるために――。

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