三十五話。
「こんにちは。六出君と良く一緒にいる二宮棗君だったよね? それで後ろの少年は瑠々の弟君の久遠帯々君。苗字の読み方はくおんで会ってるかな?」
と、今年4月に転校してきた八條朔八は俺が手を伸ばせば触れられる距離まで近づいて言う。
こうして面と向かって話すのは初めてなのだが――。
「「……」」
どういう事だ? 戸惑い以外の何物でもないと、俺達は二人揃って身構えてしまう。
直接的でないにしろ、梨が受けていたイジメの原因はコイツにある。コイツが梨の幼馴染である島之南帆と姫島瑞乃、一年の頃に梨に恋心を抱いた相上綾香を見境無しに寝取ったせいで、あの三人が抱いていた一方通行の恋心とやらが暴走して梨へのイジメが始まった。
今回の成神瑠々の暴走だって元はと言えばコイツのせいだ。コイツが成神瑠々に手を出したせいで帯々は自殺に至る程の辛い目に遭ったし、ちゃんと手綱を握っていなかったから九々は連れ去られた。しかも九々が受けていたイジメはコイツを中心としたハーレルグループの一員である女子中学生が計画したというのも分かってる。その女子中学生が絶縁状態の梨の実妹である六出桜だって事も。
身体を重ねるだけ重ねて放置かよ――と、身勝手ながらコイツに怒りを感じていた。
「……」
それなのに何故だ? どうして今、怒りや嫌悪感等が湧いてこない? どうして湧く気配すらないんだよ……。
「黙ってないで何か答えてよ? 寂しい」
「! あ、あぁすまない」
「すみません。……くおん、で合っています」
な、なんだコイツ? 本当に寂しそうな面を浮かべやがって……でも不気味にも気持ち悪いとも思えない。強いて言えばそれを感じない自分自身が気持ち悪い。身構えはしたけど形だけ。帯々も俺と同じ感覚を覚えたのか俺と同じように形だけ身構えて答えた。
「二人共ありがとう。――良いね。こうして同性と話せるのは」
「そ、そうか。確かに最初の三人に手を出して以降、その口は女の欲求を満たすだけのものになったもんな」
今度は本当に嬉しそうに言う。もう手遅れかもしれないが会話の主導権を握らせまいと精一杯の嫌味を言った。
が、八條朔八は特に気にする様子も無く、俺が言った嫌味を受け入れに普通に返答を返してきた。
「うん、そうなんだ。だから素直に嬉しい。なんだったら転校してからこうして面と向かって同性と立ち話をしたのは君達を含めて三人だけ」
「三人だけって……奈々氏はどうした? あの三人の女共のオマケ」
こんな雑談をしている場合じゃないのは分かっているものの、三人だけと聞いて思わず聞き返してしまった。残りの一名はこの場に居ない梨の事だと思ったから。
「あはは。オマケとは酷っどいなぁ……うん! 正確には南帆と瑞乃、この二人のオマケだね」
「酷いって、どっちがだよ」
「ん~? それはどっちのせいでもないね! だってこれは彼の自業自得なんだもん。情けなくてみっともない願いを僕に押し付けようとしてくる癖に、その僕を一人の人間として見ていない。僕は彼や君と同じ17歳の男子高校生であって、神社の神様でもお寺の仏様でもない。それが分からないうちは僕だって彼を見ないよ」
「随分……ハッキリ突き放すんだな?」
予想外の奈々氏への感想に思わず感心してしまう。しかも俺と同じ様な感想に親近感すら覚え始めてもいる。
でも、
「そうだよ。そしてこの事は本人にもちゃんと言ってる。六出梨と違って飼い殺しにはしない。勿論、あの三人も」
「――は? 飼い殺し?」
梨が奈々氏達を飼い殺しにしたという言葉にようやく俺はこの八條朔八という男に憤りを感じる事が出来た。
――けど、でも今は俺の感情を優先するべきじゃない。
「悪いが時間がない。今すぐ成神瑠々に電話しろ。そして連れ去った久遠九々という小学生を今すぐ返せと言え」
いざとなったら暴力も辞さないと、声に圧を加えて命令口調で言う。しかし八條は「タイミングが最悪だったね」と言いながら俺達に取り出した携帯電話の画面を見せながら、通話開始とスピーカーのボタンをタッチする。
一コール――ニコール――三コール――と呼び出し音が鳴り続ける。そして八回目で通話終了をタッチして終了させた。
「今日は二つの意味で特別な日でね? 僕の誕生日であり父さんの命日なんだ。――だからなのかな? サプライズでも企画してくれているのかお昼頃から誰とも会えてないし、連絡も取り辛い。瑠々に至っては……ほら5時間目が終わったところから既読が付いてない」
そう言って携帯電話の画面を切り替え、13時55分に八條自らが成神瑠々に送った文章を見せてくる。確かに送った文章は未読のままだった。
「残念だけど連絡はとれないよ。でも時間と場所指定は受けてる。今夜の18時半頃に最近の溜り場でもある瑠々の家に来てくれってそう言われてる」
「「!?」」
居場所を掴んだ! しかも時間もある。ハーレムグループの核である八條朔八も目の前にいる。最悪の事態だけは避けられそうだ。
「悪いがこのまま俺達と一緒に成神瑠の家まで来てもらう」
成神瑠々が連れ去った九々を素直に返さなかった場合の保険として連れて行く。それと見張れる所に置いておきたい。
「それは無理。さっき言ったよね? 今日は父さんの命日だって。これから墓参りに行くんだ」
「はぁ? 今そんな場合じゃ――」
「年に一回の大切な日を邪魔する気? 親が二人共生きている二宮君には分からないと思うけど、失ってる身としては自分の生誕日や記念日以上に大切な日なんだよ? 親の命日というのは。――しかも僕の場合は殺されているんだ」
「「!?」」
殺された。その言葉に俺は親父の事を思い出して何も言えなくなる。帯々もまた何を思い感じたのか説得する気が失せていた。
「ならせめて俺達が九々を取り返すまで家にも成神瑠々とも会わないでくれ! もし電話があったら連れ去った女の子を解放するように説得してくれ!!」
「あぁ良いよ。それぐらいならしてあげる」
「恩に着るッ」
頭を下げてお礼を言って、俺達は九々が居る成神瑠々の家へ走り出した。
「”愛されたい”――で、愛欲に溺れたのならまだ声は届く。でも”愛されて当然”と思っている女は最初っから自己愛が頭の天辺からつま先まで浸かっているから声なんて届かない。それが例え愛欲の供給源である僕であっても。ましてや実の弟であろうとも」
と、僕――八條朔八は走り去る二人の背中に語り掛ける。




