三十四話。
『久遠少年の姉が久遠少女を連れ去った』
電話越しの梨の言葉に俺――二宮棗は学校の校門に向かって歩いていた足に急ブレーキが掛かって立ち止まる。俺の隣を歩いていた久遠帯々は今の言葉の前に成神瑠々の名前を出していたのと、急に立ち止まった俺を見た為に烈しい胸騒ぎと不安とを感じていた。
「いつ頃だ?」
『来てたのは一時間前。病院を出たのが三十分前。二宮君、今近くに久遠少年居る? 居るなら電話を掛けさせて』
「分かった」
事情を手短に説明をし、言われた通りに俺は帯々に実の姉である成神瑠々宛に電話を掛けさせる――が、数秒後には絶望と困惑と淡い期待の中間点の様な顔で携帯電話を下ろした。
「で、出ないです……」
「駄目だ出ないっ」
『――……これってヤバい?』
「絶対にヤバいだろッ!」
長い沈黙の末に返ってきた言葉に俺は思わず叫んでしまう。でもこれはそれ程の事だ。成神瑠々が九々を連れ去ると言う事は!
「もしもあの女が全てを知ったんだとしたら……それを脅しのネタにでもされでもしたら――」
『あぁうん……なんでも言う事を聞くだろうね? そして私達と違い、成神瑠々が所属しているグループにとって今夜は性なる夜になる筈だ。さぞ未成熟の初物は――』
「止めろッ!!」
叫んで黙らす。帯々が俺を見ているから。今の話のその先を聞いてしまったら……俺の感情を読み取った帯々の表情が更に絶望に飲まれてしまう。
「――すまない。叫んで悪かった」
『いやこっちも軽薄だった。ごめん』
「……」
『……』
互いに謝って沈黙する。そんな俺達を見て帯々が縋るように近寄ってきては丁度そのタイミングで梨から電話をスピーカーにするように言われたのでそれに従う。
『久遠少年』
「! は、はいっ」
『こうなった以上、姉との直接衝突は避けられないとそう思って。そしてこの衝突に勝たないと一生後悔するとも』
「っあ、あぁ……」
突然の試練。煮え滾る葛藤に、嗚咽の声が裏返る。電話越しでも帯々の心境を悟り、梨はひと際優しい声音で帯々に語り掛ける。
『あらあらまあまぁ、安心しなよ。あの日、私が屋上で君の手を取った日と違って今の君には私達が付いてる。頼りになる先輩と更に頼りになる大人が君達の傍にいる。駆けつける。必ず助けてあげるから。――だから安心して根付いた恐怖を根っこから引っこ抜きな。それが君達二人を救いになるから』
「! ――はい。わかりました」
梨の鼓舞に、さっきまでの不安定さが嘘の様に覚悟を決めた男の面構えになる。
「梨。こっちはもう問題ない」
男の面構えになった事で不安要素の一つが解消されたと踏み、梨にもそれを伝えた。
『そう。じゃあ今後の行動を決めよう。とりあえず今から学校に戻るよ。ただ夕方のこの時間帯だから三十分以上掛かると思う。――そう言えば二人は今何処にいるの?』
「まだ学校にいる」
『そう……かぁ……! なら二宮君達は八條君を探してみて? それでもし見つけられたら今夜の性交場所を聞き出して。それで四季先生と一緒に聞き出した場所まで車で向かえば――』
「? 梨」
話の途中で声が途切れ、スマホを離しているのかボソボソ声のみが聞こえる。
『――あ、もしもし。ごめんお父さんが四季先生をこっちに呼んじゃったみたい。だから現場で実際に動けるのは二宮君と久遠少年の二人だけ。本当にごめん。我ながらさっきの台詞が恥ずかしい』
「! そ、そうか……いや気にするな。寧ろお前がこの場に居なかったからこそ、早めに気づく事が出来たんだ。だから気にするな。こっちはこっちで最善を尽くす」
『ん、そう言って貰えると助かる。……でも二人共、無茶はしないでね』
「善処する」
「善処します」
『宜しい! じゃあ二人共。今夜は皆揃った状態でクリスマス会を開きたい――だから頼んだよ?』
と、通話が切られる。
時刻は17時15分。この時間帯ならまだ八條朔八は学校に残って何処かしらで女子生徒とヤッてるかもしれない。でもあそこのハーレムグループがヤリ部屋として使ってる教室は結構ある。しかも最近は中等部の校舎にもヤリ部屋があると噂があり、それ等全てを探すとなると相当の時間が掛かるはずだ。二手に分かれるとしても三十分は捜索に使ってしまう。
放送で呼び出してみるか? ――無理だ。まず放送室の鍵の入手が難しい上に、文科系の部活動はもう帰ってる。俺一人じゃ放送すら出来ない。
なら一か八か俺から電話してみるか? ――と、事前に調べて置いた八條朔八の電話番号に電話を掛けてみたけど一向に出ない。
仕方ない。手分けして学校中を探し回るしかないと、そう結論を出して画面の通話終了を押そうとした。
その瞬間、画面の呼び出し中が通話へと切り替わる。
「! もしもし!! いきなりで悪いがお前今何処にいる!?」
無我夢中で叫ぶ。すると二方向から声が返ってきた。
「『君の後ろ』」
「!? お前……」
声がした方であり、実際に言われた通りに振り返ってみるとそこには珍しく一人でいる八條朔八が立っていたのだった。




