二十四話。
「落ち着いたかい?」
と、食後に私――六出梨が淹れたココアをチビチビ啜っている久遠九々に問うと、彼女は小さく頷いた。
「あの……どうしてママが作ったタルタルソースの味を知っているんですか?」
縋る様な視線で質問してきたので私は手元に持ってきていた一冊のノートを差し出す。差し出したノート、それは2日前に役目を終えたばかりの久遠少年が使っていた料理ノートだった。
「帯々兄ぃの字――……! しかも此処に掛かれてるの全部タルタルソースのレシピ?」
「そうだよ。その使用済み30ページの内29ページ、その全てがさっき食べて貰ったタルタルソースに行き着くための試行錯誤のページだ」
「!? ――――あっ、山形県の郷土料理『だし』を使ったタルタルソース。山形はあ婆ちゃん家があるところだ」
「そうだねぇ」
と、いつかの淳兄さんのアドバイスからの数日間を思い出す。淳兄さんからの『ならこっちの考え方も変えてみると良い』というアドバイスを聞いた久遠少年が取った行動は、最初に自身の書いたレシピの中で”これだったかも?”と、感じた食材のピックアップ。そしてそのピックアップした食材から作られるであろうタルタルソースに転用可能な料理をネット、本等で探す事だった。それで辿り着いたのが久遠九々の母親の故郷である山形県の郷土料理『だし』であった。
山形県の郷土料理『だし』とは、様々な夏野菜と納豆昆布を使った料理であり、ご飯に掛けて食べるも良し、豆腐に掛けて食べてもよし、納豆に混ぜて食べてもよしな山形県で愛されている家庭料理である。
では何故これに行き着いたか? 答えは簡単で、親探しの捜索過程で行った際に淳兄さんが実際に食べたからです。
「久遠少女のお母様は故郷の料理をタルタルソースに巧い具合に織り交ぜて使ってたってわけだね。――で、どうだった? そっくりだった?」
この質問に久遠少女はコクコクと頷きます。そんな愛らしい反応に多少なりともあった不安は払拭されて安堵する。
そして私は言いたかった質問をようやく述べた。
「ずっと出来なかった仲直り――出来そうかい?」
「っ――あの……ごめんなさい」
「っ? あらあらまあまぁ」
今にも泣きそうな顔で謝られる。てっきり素直になれない子供の様な反応をするか、疑って疑い続けてそれでも信じたい己の気持ちを押し殺せずに差し伸べられたその手を握り締める人の様な反応を見せると思ってたからこの反応には結構驚いた。
どうして? と、聞きたいがこの約一か月足らずで知り得た限りの久遠少女の性格上、答えられずにただただ困らせるだけ。
「――はい」
ならばと私はテーブルの上に開かれた料理ノート、その最後の一ページを捲って見せる事にした。塞き止めようとする理性を感情で壊すために。
「読んで貰って良い? それで今日の所はおしまいにするからさ」
ちゃんと読んでもらう為に少々意地悪な言い回しでお願いをすると、久遠少女は小さく頷いてくれた。
「『九々へ。ごめんね? 九々のお母さんが倒れた時に傍に居てあげられなくて。一番辛かった筈の時に会いに行く事すら出来なくて本当にごめんね。あの日、僕達の片親が姿を消した翌日に言った当たり前の九々の言葉に負けて会いに行く事すら出来なくてごめんね。九々は僕の気持ちが分かるって言ってくれたのに僕は分からなかった。負けた、と会う事から逃げた癖にあの日にの言葉を信じたくなくて何もかも分かろうとしなかった。だから気づく事すら出来なかった。気づく事からも逃げた。本当にごめんなさい。九々の前では頼りになるカッコいい兄で居続けてあげられなくて本当にごめんなさい。許して欲しいだなんて言わない。許されたいだなんて思わない。でも兄には、もうカッコ良くなれないけどそれでも頼りになる兄にもう一度なりたい。九々の兄に戻りたい。一生恨まれても良い、どんな形になっても良いから九々の傍に戻りたいです』――――……気づいてくれてたんだ」
読み終えて尚、ノートの最後のページ開いたまま釘づけになる。釘づけになったまま譫言の如く最後の言葉を途切れ途切れに繰り返す。
そして途切れ途切れの譫言に感情が乗り始めては、私が望んだ瞬間である理性が感情によって壊される瞬間が訪れる。
「――違うッ! 違う違う全然違うッ!! 帯々兄ぃは何も悪くない! 悪くなかったッ! 悪いのはっ――悪いの、はっ……オレだ。オレ達親子なのに」
久遠少女は持っていたノートを力いっぱい握り締めるなり思い思いの声を上げてくれて――予期せぬ言葉も漏れ出てくる。
「――……パパ……です。……なんですっ――パパ……なんですッ――先に手を出したのはオレのパパなんですッ!?」
と、ノートが無ければ自身の爪で手の平の皮膚を裂く程の力を込めて、彼女――久遠九々は歯を食いしばりつつ溢れ出る涙を噛みしめるのだった。
今日引っ越しします。15日には色々と落ち着いている・・・筈




