十七話。
ショッピングホールを出て約10分後――、
カランカラン――と、よく聞く来店ベルを鳴らしながら私と二宮棗はとある場所から歩いて数分の位置に構えているレトロチックな時計屋に来店した。ちなみに四季先生は気まずい事情があって車の中で待機中。タイミングを見計らって呼んで欲しいとの事。
「秋月大先生」
と、私は二宮棗を引き連れて店の奥にあるカウンター兼作業机で丁度銀時計を組み立てている最中の年季の入った白衣を着ている店主に敬愛を込めてその名を口にする。
「ぅん――? おぉ梨君、久しぶりだね。そちらのお客さんは友達かい?」
「はい。クラスメイトの二宮棗君です。そしてこちらはこのお店――時計屋”秋ノ月”の店主であり私達親子の大先生である秋月幸作さんです」
私の紹介後に二宮棗が簡単に挨拶をして頭を下げると、秋月大先生は私を見た時よりも嬉しそうな顔になる。
「今日は懐かしいお客様が来訪したと思えば数か月振りに来た珍客が奇跡を連れて来るとは……二度ある事は三度ある。これで梨君のお父さんが来てくれたら神様を身近に感じながら今日は眠れるな」
「あらあらまあまぁ、酷い」
珍客な上に二宮棗な連れてきたのを奇跡と言われた。ショック――を受けたが、
「酷いものか。僕が作った、直したりした時計を友達や家族に送るでもなくバラバラにする為だけに買っていく小僧めが」
「あらあらまあまぁ……それを言われたらなーんにも言えない。でも秋月大先生のお店で購入した時計達は今もちゃんと手元に置いてありますのでご安心を」
納得せざるを得ない。
そう私の自慢の時計コレクションの中にはこちらのお店で購入した品々がある。特に秋月大先生作の時計は至高の一級品で、作業している時のワクワクとドキドキは50万超えのブランド時計相当。ちなみに、妹達に壊されたのは出来る限り修繕して今も尚自慢のコレクションの一員さんです。
「大先生?」
「ん?」
と、会話の最中に二宮棗から疑問の声が上がる。
「あぁうん。秋月大先生は数十年前まで医学部で教鞭をとっていてね? 私のお父さんはその時の生徒であり秋月大先生の最後の教え子だったんだ。それで私に関してはここで時計の知識を教わりましたのよ。だから大先生。お父さんの先生だから」
ちなみにお父さんが教え子である為、四季先生も秋月大先生の教え子に該当するのだが敢えて口には出さなかった。
「僕はあくまで時計の構造とメンテナンスのやり方を教えたつもりだったんだがねぇ……気が付いた時には解体にのみ快楽を覚える罪人になってしまった」
「あ、最後のは元々っす」
自信満々に答える。
「度し難い奴め……それで、今日も買っていくのか?」
「勿論! と、言いたいところさんですがもうお金が……。さっきまでそこのショッピングホールで遊んでおりましたので」
「そうか……なら運が良い」
寂しくなった懐事情に虚しさを感じながら悔しがっていると、秋月大先生は作業机の引き出しから一つ箱を取り出してそれを一段上のカウンターに置いた。
「退院祝いだ」
「え……あっ」
と、秋月大先生の手によって開けられた箱の中身に思わず見惚れて恋に落ちる。箱の中にあったのはここのお店のロゴマークである小鳥が蓋の裏側に刻まれた銀時計であった。
――あぁ! こうして時計相手に恋に落とされたのは二度目である。しかも二回とも銀時計。 ――あ、駄目。中身を拝見したら逝く。
「例の暴力事件に巻き込まれたと聞いた時はハラハラしたが、無事でよかったよ。……それと、恋に落ちる程喜んでくれたのは大変結構な事だが、ちゃんと最後には組み立て直しなさいよ」
「あっはい。ありがとうございます! ……あ、ご存じだったんですね。私が入院してた事。事件の事も」
秋月大先生の言葉にハッとなって恋に落ちていた心を取り戻す。
「あぁ。学校名、学年を聞いてもしやと思ってね? お父さんに電話をしたら案の定正解だった。思わず着ていた白衣を洗うところだったよ」
「そ、それはっ! とんだお騒がせを」
白衣を洗うところだった。つまりは現場に復帰する所だったと聞いて思わず頭を下げてしまう。お、お父さんめ! 秋月大先生からの一報は聞いていないぞ!!
「いやいい老人の余計な気遣いだ。気にしないでいい。――でもどうしても気にすると言うならその時計は必ずこの状態で保管する事」
「えぇ――!?」
秋月大先生の最後の念押しで申し訳なさが一気に吹き飛んで情けない声が出てしまう。
あぁなんと無慈悲な! こんなの台風で学校が休校だと思って夜更かししたら運悪く台風が過ぎ去るレベルの無慈悲な行いではありませぬか!!
「――ん? 梨のご友人どうしたね?」
と、絶望に苛まれている私の横で二宮棗がカウンターに置かれた銀時計を訝しげに見ていた。
「あっいや……この蓋裏のマークが気持ち違っているなと思いまして」
「ほぉ? 良く気付いたね? ――とは言っても実は両方とも同じ鳥なんだがね。……よっと」
秋月大先生はカウンターの引き出しから一冊のアルバムを取り出してパラパラと捲っていき、うずら模様の茶褐色の鳥と青と赤と黒といった色鮮やかな鳥が互いの嘴を突き合っている場面が撮られたページで止まった。
「――お、あったあった。この鳥達だよ。名前をイソヒヨドリと言ってね? 僕と亡き妻の故郷の鳥なんだ」
「……! もしかしてこの二羽は同じ鳥なんですか?」
「あぁそうだ。左の黒っぽいのがメスで、右の色鮮やかな方がオスになる。こっちに刻んだのはオスだね」
「――確かに」
二宮棗は秋月大先生の説明を聞いて写真の鳥と銀時計の鳥とを見比べ、納得の声を上げる。――が、すぐにまた頭に疑問符を浮かべ、それを悟った秋月大先生は説明を続ける。
「もともとこの店は妻の物でね? ロゴマークもオスの方だったんだけど、妻が亡くなりこのお店を引き継ぐ時にメスに変えたんだ。なんとか気持ちを切り替えたくてね」
「! す、すみませんっ! とんだ深入りを……」
「大丈夫さね。話の続き……というかもう終わりなんだが、オスのロゴマークはこうして僕や妻にとって特別なお客様に御造りした時計に刻ませて貰っているのだよ」
「――ん? あれ? 確かお父さんが愛用してる時計って秋月大先生からの卒業祝いって言ってましたが……あっ!」
と、気づいてはいけない事に気づいてしまう。悲しく残念なことに秋月大先生からお父さんに送られた時計にはこの鳥のロゴマークはなかった。つまり――、
「あぁ違う違う。それは僕が頼んで妻が作ったものでね? 妻は何故か恥ずかしがって自分で作った物には、僕の様に見えるところじゃなくてケースの裏、普段は見えない所に刻んでいたんだよ」
「あ、なるほど」
なんだ勘違いか。お父さんの落胆する姿を拝めるかと思ったのに残念だと思いながらその後の他愛のない話を続ける。
「――さてと、そろそろ良いかな?」
と、お店に入ってから30分程経過したあたりで私はスマホを取り出して車に待機している四季先生に電話を掛け、最後に「ごゆっくり」と言って電話を切った。
「ん? お父さんか?」
「いえ。もう一人の教え子様にです。直に来ると思いますので私達は少し席を離れます」
「! そうか。やっとか……なら出る時にドアのOPENをCLOSEに変えておいてくれ。それからこれでお茶でも――」
私の意図を汲んだ秋月大先生は私達にそうお願いをしてカウンターのレジを開けたが、私はレジのお金を渡される前にそれを止めた。
「あ、大丈夫です。もう一か所行きたい所がありますので」
贈り物の銀時計が入った箱を腕に抱えて最後に「また来ます」と伝え、私は二宮棗を引き連れてお店を出てとある場所へと向かう。
――道中、コンビニで猫缶を二つ買って。
次で第一章は終了です。




