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8.『あーん』事件

 朝っぱらからそんな感じだったので、もちろん『かのんお手製お弁当』は期待できるはずもなく。


 その日の昼、俺たちは学食でランチを摂ることにした。


 うん、まあ、それはいいとしよう。


 唯一にして絶対の問題は、周りにいる生徒たちから注目を集めすぎて、食事どころじゃないって状況で……。


 その対象となっているミルクティー色をしたロングヘアの美少女は、むしろ周りへ見せつけてやろうと言わんばかりに、満面の笑顔で俺にフォークを差し伸べた。


「蓮くんっ、蓮くんっ。はいっ、これ! あーんして? あーん……」


 フォークの先端には一口大に切り分けられたハンバーグが刺さっており、俺の口内へ収められる瞬間を待っている。


「あー……。かのんさんや」

「どうしたの蓮くん? 食べないの?」

「いや、その、なんというか、気持ちは嬉しいんだけど。流石に人前では恥ずかしいというかね……」


 照れ混じりに抵抗を試みてみたものの、かのんは頬を膨らませ、不満げに声を上げた。


「なによぅ! いまさら照れなくてもいいじゃない! 今朝だってお互いに『あーん』しあったでしょ!」

「ばっ! 声が大きいっ!」


 かのんの言葉にざわつく生徒たち。うう、好奇と恨みがましい視線が痛い……。


 そもそも、こういう状況を作り出してしまった原因は俺にもあるわけで……。


 せめて星月さんが同席しているなら止めてくれたかもしれないけど、職員室に用があるって途中で席を外しちゃったからなあ。


 とりあえず。


 早朝の惨事のあとに、どんな出来事があったのかを振り返りたい。


***


 かのんの家のキッチンを片付けた後、俺は一旦自宅へ戻ることにした。


 制服に着替えるのと、ラップにくるんで冷凍庫へしまっておいたご飯を持ってくるためだ。


 お弁当作りで張り切っていたらしく、かのんの家の冷蔵庫にはこれでもかと材料が揃っていて、おかず作りはどうとでもなるという状況だった。


 キッチンを借りて作ったのは、豚肉の生姜焼き、ブロッコリーの和え物、砂糖を入れた甘い卵焼き、それからわかめのお味噌汁で、時間がない中で用意したにしては、我ながら立派な献立になったと思う。


 調理をしている最中、爛々と覗き込んできたのはかのんで、やたらと「すごい!」を連呼していて、その隣では、星月さんが関心の眼差しでこちらを見ながら、


「なるほど。流石は『オカン』と呼ばれるだけの手際ですね」


 という、わけのわからない感想を呟いていた。だーかーらー。オカンっていうの止めろって。


「そうはおっしゃいますが……。炊飯器に残った白米を小分けにして冷凍庫へしまう男子高校生も珍しいのでは?」


 ……え゛? 普通じゃないのか、それ? え、同年代の子やんないの? マジで?


 同意するように、かのんもウンウンと激しく頷いている。うっそ、結構ショックなんだけど。


「いいじゃない。蓮くんのそういうところ、私は大好きだよっ!」


 にぱーと無邪気な笑顔を浮かべ、かのんはまっすぐに俺を見つめている。正直、ハズい。


 そんな雰囲気から逃げるように、冷めないうちに食べようと話を切り上げ、食卓に向かったまではいいんだけど。


 大好き、という言葉に浮かれてしまったんだろうなあ。あるいは「美味しい!」と喜びの声を上げ、キラキラと青い瞳を輝かせるかのんに、気分を良くしてしまったのかもしれない。


 かのんは突如、卵焼きを一口大に切り分けて、俺の名前を呼んでから箸を差し出してきたのだ。


「蓮くんっ。はい、あーん……」

「……いやいや、自分で食べるよ」

「いいからいいから。遠慮しないの。誰も見てないし、いいじゃない」


 隣に座る星月さんが、ガッツリこちらを見てますけれど。


「気にしない気にしない。はい、あーん……」


 気にするわっ! とは、思ったよ。でもさ、男子ならば一度は夢見る「あーん」ですよ? 「あーん」。この誘惑には抗えないっていうか……。


 ぶっちゃけ、次の瞬間には口を開いている俺の姿があったわけで。仕方ないじゃん! 健全な男子なんだもん! 食べさせてほしいさ!


 ……多少の恥ずかしさはあったけれど、かのんは満足した様子で、ウヘヘとだらしなく笑い、それから「美味しい?」と尋ねてきた。


「う、うん。美味しい……」

「そうでしょ、そうでしょ! 蓮くんのお手製だもんね!」


 確かに俺が作ったし、まずいものは出してないけど、「あーん」してもらうことでかえって味がわからなくなってしまい。


 砂糖を多めに入れたはずなのに甘さを感じないっていうか、むしろ今にも口から砂糖を吐き出しそうな星月さんの眼差しが痛いっていうか。


「ねぇねぇ。今度は私に、あーん、して?」


 赤面する俺をよそに、かのんはひな鳥のように可愛らしく口を開いている。本気か。


「ほらっ、早く。あーん……」


 ここまできたら仕方ないと、こちらも卵焼きを一口大に切って、恐る恐るかのんの口元へと運んでいく。


 そして静かに口を閉じ、かのんは頬を緩ませると腕を激しく上下させた。


「食べさせてもらっちゃったっ!」

「そうですか。良かったですね(棒)」

「うんっ! とっても美味しい!」


 熱を帯びるかのんの口調とは対象的に、塩対応の星月さん。そりゃあそうだろうさ。


 で、これに味を占めたのか、かのんの「あーん」攻撃はしばらく続き。


 その影響から、危うく遅刻ギリギリになってしまうまで、朝食の時間は長く続いたのだった。

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