風のドラゴンと氷使い
ショートカットの髪が揺れて、澄んだ色の瞳に見つめられる。
すこし大人びた顔つきをしていて、とても線が細い。
単身でドラゴンを討伐したとは思えないほど、彼女の雰囲気は儚げだった。
「そいつを見る限りだと、余計な手出しだったかな」
視線は彼女から、その背後にあるドラゴンの亡骸に移る。
「ううん、助かった。ありがとう」
「なら良かった」
人から礼を言われたのは随分と久しぶりのことだった。
「折角だ。一緒に森を――」
出よう。
そう言いかけて口を噤んだ。
「今の……」
そこかしこから聞こえてくるドラゴンの声。
そのどれとも違う声音をこの耳が拾う。
自然と位置を探り、突き止める。
ここからそう遠くない位置にこの群れの主がいるに違いない。
「アァァァアアァァアァァアアアアッ!」
明らかにほかのドラゴンとは異なる咆哮が轟く。
同時に身構えるほどの強風が吹き荒れた。
嵐のまっただ中にいるような感覚に陥りつつも、腕を盾にして視野を確保する。
そうして見えたのは、奥の方から順番に木々が斬り倒されていく光景だった。
見えない刃、恐らくは鎌鼬がこの身に迫っている。
「あぁ、嫌な攻撃だ」
強風に抗って左手を地面に付け、冷気を放出する。
多少、風に冷気が流されてしまうが気合いを入れて氷の防壁を迫り上げた。
二人を覆う分厚い氷の壁に隠れて風をしのぐ。
鎌鼬はすぐにやってきて、周囲の木々を斬り倒すと共に氷壁に深い傷跡を残す。
強風が凪のように大人しくなると、氷壁が崩れ落ちて視野が開ける。
木々が斬り倒されたことによって良くなった見晴らしの中心に、そのドラゴンはいた。
「風龍か」
背に複数の排気口を持つドラゴン。
風の龍とだけあって、空気抵抗が生まれにくい造形に仕上がっている。
極限まで無駄をはぶいた流麗な造形美。
それが風龍の特徴だった。
「手強そう。どうしようか?」
「いい考えがある」
崩れ落ちた氷壁の残骸を踏み越えて前に出る。
「俺が囮になるから、その隙に逃げてくれ」
そう言ってから、ふと気がついた。
夢の中と同じ台詞を言っている。
どうやらあの頃から俺は変わっていないらしい。
なら、最後まで夢のように行動しよう。
あの頃のように勇敢になろう。
「……そう。キミがそう言うなら」
ほんの僅かな間があって彼女は返事をした。
「言葉に甘えさせてもらうね。幸運を」
彼女は聞き入れてくれた。
「あぁ、また生きて会おう」
彼女は背を向けて駆け出し、こちらも風龍に向けて足を動かした。
右手に刀を携え、左腕に冷気を纏い、周囲に符術を展開する。
三つのドラゴンスキルを使用し、相手の出方を窺う。
「――」
対する風龍は口腔に風の塊を食み、それを極限まで圧縮する。
そうして解き放たれるのは、一条の竜巻。
本来、天に向かうはずのそれは這うように地表を削り、俺を呑み込もうとする。
「これは不味いッ」
一度囚われたら終わりだ。
鎌鼬のミキサーに掛けられるようなもの。
即座に地面に手を付き、先ほどよりも分厚い氷壁を迫り上げる。
激しく衝突した風と氷。
氷壁はその身を深く削り取られながらも、竜巻の進路を逸らしてみせる。
「ギリギリだな」
薄氷ほどになった氷壁にぞっとしつつ、残りの距離を縮めて肉薄した。
至近距離にまで達した俺に向けられた次なる攻撃は幾重にもなる鎌鼬。
魔力を帯びた風の刃が身に迫り、そのすべてを斬り捨てて間合いへと踏み込んだ。
すでに刀を振れば届く距離。一太刀を浴びせられる位置。
一刀を振るうため柄を強く握り締める。
「アァァァアァァァアァアァアアッ!」
瞬間、壁にでもぶつかったような衝撃が走って吹き飛んだ。
体が宙を舞い、視界が逆転する。
その現象に脳の処理が追いついたのは、転がるように着地したのと同時だった。
「野郎っ」
接近した俺を引き剥がすため、風龍は強風を地面に叩き付けたんだ。
排気口からなるそれは一種のダウンバーストのように周囲のすべてを吹き飛ばした。
「振り出しか」
距離関係を強制的にリセットさせられた。
これだと近距離攻撃は永遠に叶わない。
「ならっ」
並べた霊符に狐火を灯し、螺旋を描いて火槍を造る。
それを投擲し、火閃が風龍を目がけて煌めいた。
しかし、これもダウンバーストの風圧により軌道を逸らされてしまう。
「遠距離からもダメか」
とにかく、アレをどうにかしない限り、どうしようもない。
「なら……」
一つ案が浮かび、新しく霊符を構築して刀を握り直す。
そして今一度、風龍へと接近を試みた。
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