氷のドラゴンと符術士
小龍たちに導かれ、丘陵を越えて森の奥地へと向かう。
地面に這う木の根に躓かないように注意していると、ふと足下にひやりとした空気が溜まっていることに気がついた。
周囲に目を向けてみると茂みの葉に凍てついた水滴があり、枝からは棘状の結晶がびっしりと貼り付いている。
次第にそれらは目に見えて増えていき、緑の森が白に染まっていく。
「我らはここまでだ」
小龍たちが立ち止まる頃には、肌で感じるほど気温が下がっていた。
この状況から察するに、たぶんあのドラゴンだろう。
「わかった。あとは任せてくれ」
小龍たちが道を拓き、俺はそこを歩いて先へと向かう。
その後に複数の足跡が続き、龍狩りたちも付いてきた。
「律儀に付き合わなくてもいいんだぞ」
ちらりと後ろを見て龍狩りたちに声を掛ける。
「いや、少年の言葉が真実か否か確かめたい。もし真実なら少年を笑った部下達に謝罪させよう」
その言葉で部下達がざわついた。
「いいね、それ」
前に向き直り、凍てついた草木を掻き分けて奥へと進んだ。
§
「やっぱりか」
小龍たちの住処と思しき場所は、冷気と雪に包まれていた。
視界のすべてに雪化粧がほどこされ、食い荒らされた果物の残りが散乱している。
近くに流れている川は凍てついて停止し、魚が中に閉じ込められていた。
「ドラゴンはどこにいる?」
「目の前だよ」
そう答えると地中――雪中からドラゴンが飛び出してくる。
全身に氷の鎧を身に纏う、青鱗の氷龍だ。
「我々も手を貸そうか?」
「必要ない。俺が約束したことだ」
符術を展開し、それらすべてに狐火を着火する。
蒼白く燃え盛る火炎が周囲の気温を上げ、足下の雪を溶かしていく。
それを見て俺を外敵と看做したのか、氷龍が吼えた。
「ギィイイヤァァアアアアアアッ!」
咆哮と共に空中に氷塊がいくつか出現し、一斉に投げ付けられる。
それらすべてに対して狐火を放ち、溶かし、消され、対消滅した。
「我々のことは気にするな。自分の身は自分で守れる」
「そう? じゃあ、動くか」
消費した分の霊符を補充しつつ、濡れた地面を蹴って駆ける。
依然として投げ付けられる氷塊に狐火をぶつけつつ、右手に斬龍の刃を握った。
「ギィイイィイイィイイヤァァァァアアアアッ!」
肉薄するこちらに対して、氷龍はその口腔から大量の冷気を放つ。
それは狐火の火炎に囲まれて尚、触れる前から寒気を感じるほど。
直撃は不味いと悟り、霊符を数枚残して前方に重ね、一枚の壁を建築する。
まとめて着火し、狐火の防壁を完成させた。
「これなら耐えられるはず」
冷気のブレスを火炎の壁で防ぎ、俺自身は跳躍する。
向かう先は氷龍の剛翼。
残りの霊符で氷の鎧を爆破し、露わになった翼に一刀を見舞う。
舞った鮮血が冷気によって赤い結晶となって雪化粧を赤く彩る。
淀みなく振り抜いた一閃が、片翼を落とした。
「ギィイイィイイヤァァァアアアアッ!?」
翼を片方を奪い、飛翔能力が失わせた。
切断面からの出血は、血液が凍ったことで止血されている。
だが、その痛みたるや否や、想像を絶するものだろう。
このまま決着まで押し切りたいが、相手はドラゴンだ。
一筋縄ではいかない。
「ギギギギギギッ」
出血による赤い氷が患部から伸び、新しく剛翼を形作る。
能力で欠損した部位を補ってみせた。
具合を確かめるように両翼を羽ばたいた氷龍は、改めて俺を見据えて吼える。
「一撃で決めたほうが良さそうだな」
断ち切っても氷で補われる。
このまま攻撃を続けて肉体の体積を減らしてもいいが、あまり時間は掛けたくない。
「ここは寒い」
氷龍は大気中の水分が凍結するほどの冷気を口腔内で濃縮する。
対してこちらは無数の霊符を展開し、一繋ぎに並べて螺旋を描く。
それを蒼白く燃やして見せれば、狐火の槍が出来上がった。
「ギィイィイイイイヤァアァアアアアアアッ!」
冷気の束が解き放たれ、こちらも火槍を投擲する。
蒼白く煌めいた一条の火閃となって、それはすべてを貫いて馳せた。
冷気のブレスを焼き尽くして突破し、そのまま穂先は氷龍の胴体へ。
描いた螺旋が鱗を削り、肉を抉って骨を穿つ。
狐火の槍は背中から突き抜け、氷龍に大穴を開けた。
臓器類を焼き払ったこの負傷を、氷で埋めることはできない。
「ギィィ……アァア……」
氷龍は声を漏らし、力なく地に伏した。
瞬間、周囲を染めていた白が瞬く間に掻き消える。
森に緑が戻り、濃い植物の匂いが充満した。
「これで小龍たちも戻ってこられるな」
そう呟いて、氷龍の亡骸に手を触れる。
「お前も俺が喰う」
スキルを発動して捕食し、龍の力がこの身に宿った。
揺らめく冷気を左腕に纏い、自在に氷を操れるようになる。
「少年……キミはいったい」
冷気を掻き消して振り返った。
龍狩りたちはみんな驚きと戸惑いが入り交じったような表情をしている。
だから、俺は彼らに正体を告げた。
「俺は天喰空人。人から生まれて、龍に育てられた」
それを受けた部隊長はある程度、得心が言ったような顔をする。
その後ろの部下達は、わかっていなさそうな様子だったけれど。
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