浄化と形代
治龍のスキルを使用し、周囲の不浄を吸い上げる。
同時に白衣の端から鬱血したような紫へと変色していく。
わかってはいたが、とても浄化は追いつかない。
「なら」
狐龍のスキルを使用し、霊符で人型の形代を折る。
それに治龍のスキルを付与し、吸い上げた不浄の行き先を変更した。
形代の容量は一杯になってしまうが、その頃には新しい形代が折れている。
次々に形代へと不浄を送り込み、大地の汚染を取り除いていった。
「浮かない顔」
次々に形代を折っていると、ふいに明希がそう言った。
「そんな顔してたか?」
「うん」
「そうか……」
治龍に親父を重ねていたことは間違いない。
でも、理由はそれだけじゃない。
「わからないんだよ。どうして治龍がパンクするほど不浄を貯め込んだのか」
「……この山には昔から人が住んでいた。人が住める土地で、不浄はなかった」
「すでに不浄を貯め込んだ治龍がここに棲み着いたって線もある。けど、治龍はこの地を穢したくないって言ってたんだ」
ドラゴンと誤認した俺にどこかへ運んでくれと願うほどだ。
あの言い回しは引っかかる。
「まるでこの山に長く棲み着いていたみたいだった」
そんな印象を抱いた。
「もし治龍が昔からいたなら、不浄を持ち込んだのは……」
その先の言葉を同時に思いつき、互いに顔を見合わせた。
「人間」
すでに浄化に必要な分の形代は折れていた。
それらすべてに治龍のスキルを付与し、俺達は移動を開始する。
「この先に工場があったはずだ」
「考えられるとしたら、魔導金属の生産過程で出る工業廃水。ただ」
「あぁ、川に流してるなら村人に被害が出てるはず。つまり――」
工場の敷地にまで辿り着き、その付近を調べていると道を見つけた。
それは重機が通った痕でできていた。
舗装もされていないが、日常的に使われている痕跡がある。
それを追い掛けるようにして進むと、山の頂上付近で信じられないものを目にした。
「これの……せいで」
目の前に広がったのは深い大穴だった。
付近には重機があり、穴には大量のドラム缶が投棄されている。
山積みになったそれらは酷く錆び付いていて、腐蝕部分から中身が漏れ出していた。
その光景を見て、村長の言葉が脳裏を過ぎる。
「我々はここを出ますが、長年に渡って世話になった恩があります。この山を穢したまま去るわけにはいきません。ですから、どうかドラゴンの討伐をよろしくお願いします」
拳を握り締めずにはいられなかった。
「写真、撮っておくから」
「あぁ……頼む」
明希が携帯端末を取り出して写真を何枚か撮る。
証拠として残した。
「戻ろう」
言葉を短く切ってその場を後にする。
形代のもとに戻ると、すでに浄化は終わっていた。
それを確認し、村へと続く道を歩く。
「あっ、戻られましたか」
道中、案内役の若者に声を掛けられたが無視して村に下りた。
その足で村長宅へと向かい、玄関扉を開け放って了承も得ずにリビングまで進んだ。
「な、何事だっ!? ――あぁ、なんだ戻って来たのですね」
跳び出てきた村長が現れる。
「戻って来たということは」
「あぁ、依頼は達成した」
「そうですか、そうですか、それはよかった。では、少々お待ちを。色々と確認をしなければなりませんから」
そう言って背が向けられる。
「あのドラゴンは治龍だった」
その背に言葉を投げると、村長が振り返る。
その両目は見開かれていた。
「知ってたな? 村長」
「い、いや、私は」
「知っていたから投棄したのか? 何年も何年も」
そう問うと大量の冷や汗をかき始める。
「治龍が浄化してくれるから投棄しても問題ないと思ったのか? その結果がこの惨状だ。あんたはドラゴンを殺し、山を殺した。知らなかったとは言わせないぞ」
問い詰めると、ついに村長は言葉をなくした。
項垂れて、ぽつりぽつりと話はじめる。
「あの工場から出る工業廃水には色んな魔力が混じっている。適切に処理をするには時間とコストが掛かりすぎるのだ。だから、私は治龍に浄化してもらうことにした」
「その見返りが討伐依頼か? 使えなくなったら罪をなすり付けて被害者面するのが恩返しかなのか? あんたはドラゴンをなんだと思っているんだ!」
しゃべっているうちに怒りが込み上げ、目の前のテーブルを踏み砕いた。
大きな音と衝撃が伴い、村長は腰を抜かして尻餅をつく。
「た、頼む。このことは口外しないでくれ。工場が止まれば大勢が路頭に迷ってしまう! か、金なら払――」
「ふざけるなッ!」
胸の中でぐるぐると感情が渦巻く。
でも、それでも、治龍のために何かできないかと必死に考えを巡らせた。
そしてぐっと怒りを堪える。
「あんたが破壊した山の自然を再生させろ……何年かかってでもだ。それが約束できるなら、黙っていてやる」
「ほ、本当か!」
「……あぁ」
本当はこの程度で済ませたくはないがしようがない。
治龍の望みはこの地をこれ以上、穢さないことだった。
不浄によって破壊された自然を元に戻すことができれば治龍も浮かばれるはず。
治龍を弔うなら、この方法が最善だ。
「約束する。あぁ、約束するとも!」
「証拠は握ってる。要請すれば調査隊だって送り込める。その気になればいつだって工場を潰せることを忘れるな」
そう忠告をしてリビングを出て玄関扉を開ける。
すると、何人もの村人と目が合った。
どうやら聞き耳を立てていたようで、一瞬の沈黙が流れる。
「なっ、どうして……」
最初に言葉を発したのは、背後にいる村長だった。
「俺達、村長が心配だったんだ」
「龍狩りの人がすげー形相で入っていくもんだからさ」
「もしかしたらトラブルかと思って、それなら助けないとと思って」
「村長、さっきの話は本当ですか?」
道を譲ると雪崩れ込むように村人達が村長に押し寄せる。
「汚染の原因が工場って本当ですか!?」
「治龍に罪をなすり付けたって!」
「私たち、なにも知らなかったわ!」
「信じてたのに!」
「俺達を騙してたんですか!?」
隠し事がバレ、これまでの行いが露呈する。
素晴らしい人格者だった村長はもはや消え去り、不正を働いたという事実だけが残る。
村長が積み上げてきた物が音を立てて崩れ落ちた瞬間だった。
「……行こう」
「うん」
攻め立てられる村長を目にし、俺達はそっとその場を後にする。
村の中を進んで行くと人々が続々と村長宅へと押し寄せていくのが見えた。
案内役をしてくれていた若者ともすれ違う。
「はやく帰ろう」
「あぁ」
そう返事をして俺達は馬車へと乗り込んだ。
§
街道をいく馬車に揺られ、窓の外をじっと眺める。
頭の中はぐちゃぐちゃで、考えがまったくと言っていいほど纏まらない。
複雑な感情が絡みついて、解くことが出来なくなっていた。
そんな風に物思いに耽っていると、ふと手が温かくなる。
見ると明希に手を握られていた。
「……世話かけるな」
「ううん」
ほんのすこしだけ複雑に絡み合った感情が解けたような気がした。
§
後日、捕らえられた龍人が情報を吐く。
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