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龍剣とその一振り


「えーっと」

「明希。界透明希かいとうあき

「あぁ、そう。俺は――」

「天喰空人」

「よくご存じで」


 出会った時と同じ学生服を身に纏い、スカートを揺らして部屋の中央まで進む。


「座ってもいい?」

「ご自由に」


 明希は椅子を引いて腰掛ける。

 俺もベッドから立ち上がって、その向かい側に腰を下ろした。


「それで? ご用件は?」


 そう聞くと、明希はテーブルの上にある誰かの申請書を手に取る。


「直談判」

「なるほどね」


 俺が納得したのを見ると、静かに申請書を戻した。


「もう決めた?」

「いや、まだ半分も目を通してない」


 テーブルの隅にある紙束をちらりと見て目を逸らした。


「正直、経歴書を見たところでって感じだ。どこそこ卒業予定とか、なんとかって資格を持ってるとか、なんとか大会優秀賞とか。羅列するくらいだから凄いことなんだろうけど」

「今一ピンとこない」

「そういうこと」


 十年間、渓谷の最下層で暮らしていた弊害だ。

 名高い学校も、有用な資格も、権威ある賞も、それを計るための物差しを俺は持っていない。

 それらの凄さや有用さを正しく認識することが出来ない。


「たぶん、この調子で全部に目を通しても決まらないだろうな」


 紙束の下から順にパラパラと捲って溜息をついた。


「なら、私にしときなよ」


 顔を持ち上げて視線を合わせる。


「たぶん、空人について行けるのは私だけだから。その中だと」


 明希の表情からは考えが読めない。


「龍剣って知ってる?」

「……いや」

「人類史上、初めてドラゴンを討伐した人が携えていた剣のこと」


 そう言えば龍狩りの証であるバッチ。

 あれにも龍と剣が描かれていた。


「それにあやかって単騎でドラゴン討伐を成し遂げた人のことを龍剣って呼ぶの」

「それって」

「そう。空人も龍剣、そして私もその一振り」


 明希も単独でドラゴンを討伐できる戦力を持っている。


「私なら空人についていける。どう?」


 龍剣の話が本当なら断る理由はない。

 明希が俺と組みたがるのも、無理に足並みを揃える必要がないからだろう。


「まぁ、そうだな。とりあえず、一緒に仕事をしてみるか」

「うん、わかった。それでいいよ。答えはその後に聞かせてもらうから」


 話はまとまり、二人で部屋を後にする。

 受付で受けられる仕事を探し、ドラゴン討伐の依頼を受ける。

 そうして俺達は街の外へと繰り出した。


§


 依頼対象のドラゴンがいる地点までは馬車で向かうことになる。

 明希と向かい合って腰掛け、ちゃかぽこちゃかぽこ街道を進んでいく。


「――そうか、明希も両親を」


 馬車の中では改まった自己紹介と身の上話をしていた。

 どうやら明希も俺と同じようにドラゴンの襲撃で両親を失っていたらしい。


「珍しい話じゃないよ。ほかにも大勢いるから、そういう人」

「まぁ、そうだろうな」


 試験の時もそうだったけれど、ドラゴンの襲撃は往々にしてよくある。

 城郭都市のように対策が取られていれば抵抗のしようもあるけれど、不十分な場合は逃げ惑うしかない。

 同じ悲劇は世界各地で起こっている。


「でも案外、同じ街に住んでいたかも知れないな」


 もう街の位置も名前も憶えてはいないけれど。

 焼けた街の生き残り同士が馬車に同乗しているのかも。

 まぁ、だからなんだという話ではあるが。


「龍狩りを志したのも、それが切っ掛けってわけか」

「うん。でも、私はほかの人みたいに復讐に燃えている訳じゃない」

「じゃあ、どうして?」

「金払いがいいから、龍狩りって」

「たしかに、そいつは大事だな」


 人の世はなにをするにも金が必要になる。

 その点、龍狩りは命懸けの仕事であるが故に高給だ。

 金銭面での不自由はなくなる。


「復讐か。そういえば考えたこともなかったな、そう言うの。親代わりがドラゴンだったし」


 世の理は弱肉強食だと親父に教えられた。

 大切な者を守りたいなら己が強くなるしかないとも。

 実際、その通りだった。

 だから両親も親父も、より強い奴に命を喰われた。

 そして今ではドラゴンの命を俺が喰っている。

 すでに心の整理はついているし、納得もした。

 俺の心にもう復讐心はない。


「なら、どうして龍狩りに?」

「会いたい人がいるんだ」


 明希に話をした。

 夢で何度も見る少年の話を。


「俺が有名になれば見つけてくれるかも知れない。まぁ、向こうが憶えていればの話だけど」

「……憶えてるよ、きっと」

「だと良いけど」


 窓辺に肘をつき、窓の外を眺める。


「もし再会できたら」


 明希が口を開き、そちらにまた目を移す。


「それは運命だと思う」


 運命か。


「なら、そいつが俺達を引き合わせてくれるのを期待しようかな」


 実際、運命とやらで巡り会わないことには再会なんて出来ない気がする。

 無事に探し出せたら良い友人になれるはずだ。


「意外とロマンチストなんだな」

「女の子だから、こう見えて」


 互いに小さく笑い合って、馬車は目的地へと到着した。

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