龍と剣
繰り出される鎌鼬を斬り裂いて駆け抜け、再び間合いに踏み込んだ。
同時に、またダウンバーストが繰り出される。
押し寄せる強烈な風圧に身を浚われ、地面から足が離れてしまう。
このままでは先ほどの焼き回し。
だが、今回は自らの背後に霊符の壁を貼り付けた。
「――ッ」
縁に手を掛け、ぶら下がるように足を付ける。
空中に固定した霊符を足場に風圧を耐えた。
ダウンバーストによる吹き飛ばしは一瞬で通り過ぎ、すぐに風圧が弱まる。
その隙をついて霊符の足場を蹴った。
風龍は眼下、刀身に魔力を流して飛剣を振り下ろす。
「アァァアアァァァアアァァアアッ」
飛んだ斬撃は無数の鎌鼬によって相殺されてしまう。
だが、飛剣は囮。
本命はその後を追った、俺自身だ。
鎌鼬の妨害もなく風龍へと跳び込み、逆さのまま排気口が並ぶその背中に左手をつく。
瞬間、氷龍のスキルで排気口のすべてを凍結させた。
「アァアァァアァァアアァアアッ!?」
そのまま凍結した背中を突いて跳ね、着地を決める。
振り返ると凍って塞がった排気口から風を出そうと藻掻いている姿が見えた。
その甲斐もなく排気口からは微細な氷の欠片が舞うくらい。
もうダウンバーストは放てない。
「こうなりゃこっちのもんだ」
排気口を諦めた風龍が、口腔に風の塊を食む。
また竜巻のブレスを吐くつもりだ。
「させるかッ!」
圧縮された風が解き放たれる寸前、跳躍してその顎を蹴り上げる。
衝撃で上を向いた拍子に、竜巻が本来あるすべき姿のように天へと向かう。
「こいつで終いだ」
着地と同時に地面に左手をつき、冷気を放出する。
地を這うそれは幾つもの氷柱となって鋭く突き出し、風龍を穿つ。
鱗を破壊し、翼膜を破り、その胴体に文字通りの風穴を空ける。
風通しがよくなって、風龍も本望だろう。
「アァァ……アァァア……」
氷柱の群れに倒れ込むようにして風龍は命尽きる。
携えた刀を無に返しつつ亡骸に近づいて、その逆鱗を剥ぎ取った。
「お前も俺が喰う」
右手を翳して龍喰らいのスキルを発動する。
亡骸は一瞬にして掻き消え、この身に風龍の力が宿った。
左腕に纏う冷気が魔力を帯びた風に変わり、新しく風龍のスキルを得る。
「これで騒ぎも収まるかな」
ドラゴンたちの主を討った。
群れの支柱を失ったことは、すでにすべてのドラゴンが悟ったはず。
見晴らしのよくなった空を見上げると、ドラゴンたちが東の方角へと舵を切っている。
森からも続々と飛び立っていることだろう。
「ふぅ」
左腕を振るって風龍のスキルを解除し、悠々と帰路についた。
§
ドラゴンが飛び去ったのち、生存したすべての生徒たちが集められた。
開始時より明らかに数が少ない。
きっと帰りの馬車は空席が目立つだろう。
「想定外の事態が起こったため試験は中止とする」
試験官により妥当な判断が下された。
「だが、現段階ですでに逆鱗を入手していた者は合格だ。まだの者は後日、再試験を受けてもらう」
そう言って試験官は生徒たちを一望した。
生徒の中には酷い怪我を負った者や、仲間を失った者もいる。
医療テントの下には取り返しの付かない状態に陥ったまま生き長らえている者も。
彼らの表情を見ただけでも再起不能だとわかる者は多かった。
龍狩りを夢にまで見た者もいただろうに。
「キミたちが望めばだが」
そう言い残して解散となる。
暗い顔をした者は真っ直ぐに馬車へと向かい、それ以外の者は列をなす。
試験官にドラゴンの逆鱗を提出するためだ。
続々と合格が言い渡され、俺の番がくる。
懐からドラゴンと風龍の逆鱗を取り出し、試験官に渡した。
「これは……キミが?」
風龍の逆鱗を手に取り、試験官が目を見開く。
こちらに向けられた視線は驚愕と疑心が入り交じっていた。
「あぁ一応、俺が」
そう答えると試験官は口元を隠すような仕草をして思案する。
ありとあらゆる可能性を脳内に羅列しているようだった。
「本当だよ。私が証人」
ふと聞き覚えのある声がして振り返ると、あの時の女子生徒がいた。
「こっそり見てたのか?」
「ふふ、ごめん」
微笑みながら、彼女はそう言った。
「そうか……斑目隊長が言っていた人材とはキミのことだったか」
「斑目? あぁ、あの人のことか」
俺をスカウトしてくれた部隊長の名前だったはず。
「なるほど、それなら得心がいく。いいだろう、私もキミを認めよう」
そうして逆鱗と引き替えに、一つのバッチが渡された。
それには剣と龍の意匠が施されている。
「おめでとう。今日から正式な龍狩りだ」
こうして俺は改めて龍狩りとして認められたのだった。
§
その翌日、俺の元には大量の紙束が届けられていた。
三分の一は龍狩りについての資料。
三分の二はデュオやトリオ、またはパーティを組みたいという新人龍狩りたちからの申請書と、自己紹介めいた経歴書だった。
どうやら風龍を一人で討伐したことが知られているらしい。
どれにも俺用の空欄が用意されていて、隣には見たことのない名前が並んでいる。
このどれかに名前を書いて提出すればパーティ成立だ。
「これに全部目を通せってか?」
途轍もなく億劫になって、思わずベッドに倒れ込んだ。
「あー……」
意味もなく声を出し、天井を眺め、怠惰な時を過ごす。
そうしていると不意に訪問者を知らせるノックが響く。
「開いてる」
ベッドから状態を起こして出入り口の方をみると、見知った顔がそこにいた。
「やっほ」
あの時の女子生徒だ。
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