2度目。ーー蜥蜴の尻尾切りなんて、させない。・10
「コッネリ公爵が気が付いたら伝えて下さいな」
執事がゆっくりと私に視線を合わせてくる。
「賭けは私の勝ち。貴方が尊敬する陛下の前で貴方は全てを曝け出しなさい、と」
命までは取らないという事にこれで気付くだろう。
「かしこまりまして」
執事の下げた頭に私は、フッと微笑む。
「あなたは……コッネリ公爵にずっと付き従っていたのね」
「はい」
「それこそ私が生まれる前から何十年も、という所かしら。……あなたは知っていたのでしょう? 遅効性と速攻性の毒の違い」
執事はただ黙ってコッネリ公爵に視線を向ける。
「薬包の秘密を知っていたのね?」
「……私も元は影ですから」
それだけ聞いて私は「失礼しますわ」とコッネリ公爵邸を退く。付き従うデボラとクルスをチラリと振り返ればデボラが視線を逸らした。
「彼とはどこで知り合ったの?」
「……お嬢様はお気付きでしたか」
「あの執事さん。一切迷いがなかったわ。普通どれだけ優秀な人でも毒薬と聞いて動揺しないわけ、ないじゃない? もちろん見習いなんかじゃない“執事”の座を与えられている以上、表面上は一切動揺など見せないでしょう。それでも自分の主人を危険に晒すと思えば、どちらが速攻性なのか一瞬でも躊躇うはず。でもその躊躇いが無かった。まるでどちらが速攻性なのか知っていたようだった」
「それだけで?」
私の説明に驚く声が背後から聞こえる。きっと目を丸くしているデボラに私はクスリと笑う。
「あれだけ一切迷いがない以上、彼は薬包の秘密を知っている。でもデボラが彼に教える暇なんてどこにもなかった。彼も聞き出していなかった。それならば最初から知っていたと思うべき。最初から知っていたなら、彼とデボラは過去に接点が有ったということ。違う?」
「お嬢様には敵いませんね。そうです。あの方とはアウドラ男爵家で私が蔑ろにされていた頃に知り合いました」
「……そう」
「アウドラ男爵から影の仕事を頼まれ始めた頃、それが嫌で逃げ出した時が有って。その時に拾われたんです。結局1日の終わりにはアウドラ男爵の意向に逆らえずセイスルート家に戻りましたけど。毒薬の作り方とか解毒剤の作り方とか、少しだけ教わりました」
「あら、あの執事さんから教わったの?」
「少しだけですが。その時に薬包の秘密も教わりまして」
「彼が薬包の秘密をデボラに教えたのね」
「だから、私があの方に薬包をお渡しした時に気付かれたと思います。私があの時の少女だ、と」
「……そう」
だから、彼は迷わず速攻性の毒薬をコッネリ公爵に飲ませたのだろう。解毒剤が有るから……だけでなくデボラが私付きだから。これ以上コッネリ公爵に間違った道を進ませるのではなく、足を止めるために。
彼自身が言っていたではないか。
解っているなら止めない、と。コッネリ公爵も気付きながら止まれなかったし、止まる気もなかったのだろう。それはもう私には関係ないこと。
これからコッネリ公爵は国王陛下の前で自分が仕出かした事を自分の口から暴露する事になる。そうして彼は失脚する。
その後をどうするのか、それは私も分からないし、知ろうとも思わない。ラスピリア様やプライアリ様が皆と共に今後を考えていくだろう。殿下方の婚約者候補者の立場もお役返上である。後はこの国の方達がどうにかすべき事。
「ところでお嬢様」
デボラの声が少し低くなった事に気付かない私は「なぁに?」と呑気に返答して、デボラから殺気を向けられる。ハッと振り返ったところで笑顔なのに背後に黒いモノが立ち込めるデボラと視線が合った。
「で、で、デボラ?」
「私を信用して下さるのは嬉しいですけどね。進んで毒を口にするなんて阿呆ですかっ! 帰ったら休んでください。抵抗したらセイスルート辺境伯様に注進させて頂きますよ! 死ぬ気はなかったでしょうが、身体に異変が無いとも限らないんですからね!」
物凄い怒っているデボラに、私としても悪かったな……とは思うので、肩を竦めて言う事を聞いておくことにした。




