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1度目。ーー友であり理解し合える唯一であり、最愛の女性。

ドミー視点です。

その話を王城内にある自室で陛下付きの侍従から聞かされた時俺は「嘘だ」と口走った。そんなわけがない。つい先日まで俺の隣で可愛く笑って他愛ないお喋りをしていたんだぞ。それなのに……


「いえ。ケイトリン・セイスルート辺境伯ご令嬢はご婚約者であらせられるヴィジェスト殿下を刺客から庇うためにその命を落とされましたーー」


「そんな。嘘だ。有り得ない。ケイティが死ぬなんて」


「……ケイトリン様はセイスルート辺境伯の到着を待って国葬を行う予定でございます。ですので暫くはドミトラル殿には絵を描く事を見合わせるように、との陛下からのお達しで……」


「絵よりもケイティは! ケイティは今どこに⁉︎」


侍従を問い詰めれば陛下を筆頭に王族の方々と共に控えの間に……と答えをもらう。その答えを聞くと同時に部屋を飛び出した。嘘だ。ケイティが死ぬなんて。暖かい笑顔を浮かべたり恥じらって頬を染めたりしながら俺と喋っていたじゃないか! 何年も城に滞在している俺でも全てを把握していないが、それでも控えの間の場所は分かっている。こんなに走るのは生まれて初めてじゃないかと思う程走って控えの間に入った。


「ドミトラルか。どうし……」


陛下に呼びかけられているのは何となく分かったがそれどころじゃなかった。他の者など視界に入らない。……棺がある。

ドクッ

どこかでそんな音がする。進まないといけないのに進みたくない足をその棺へ向ける。中を覗き込んでーー


「ーーっあ。ああああ! ケイティ! ケイティ! ケイティ!」


ケイティが其処に眠っていた。

何でこんな中で眠ってる?


「ケイティ。俺だドミトラルだ。ドミーだ。トラルだ……。こんな所で眠ってないで起きろ。いつものように絵を描いてやる。どんな絵だってお前の望むままだ。だから目を開けろ。いつものように俺の絵が好きだと笑って……っ」


それ以上は視界がボヤけてケイティの顔が見えなくなる。言葉も出てこない。喉がひくつく。


「そなた……ケイトリンを知っていたとは聞いていたが……」


陛下の声が聞こえてきて俺はゆっくりと其方を見る。


「俺……私、と、ケイトリン嬢の間に疾しい事は一つも……ありませんでした。彼女はただ私の絵を好きで……私は彼女の望むまま絵を描く。それだけでしたが……彼女を愛していました。ヴィジェスト殿下の婚約者だと分かっていても尚」


「……そう、か」


「陛下……。彼女は何故死んだのです?」


「ヴィジェストを刺客から庇って……」


「どうしてですか。どうしてケイティは愛してもいない男を庇ったのですか。ケイティはヴィジェスト殿下に初対面で愛する恋人がいると言われていたけど王家からの婚約だからどうにもならないと言っていたのに……陛下、どうしてケイティを婚約者になどしたんですか……」


これが不敬にあたるのは頭の片隅で理解していた。この場にいた近衛騎士が俺を捕らえようと動いた事もなんとなく理解する。だが俺はそんな事どうでもよかった。ケイティが居ない。ただそれだけで世界が俺から切り離されたモノに思えて。


「……そこまで娘の事を思って頂き感謝する」


背後から聞こえてきた声。ゆっくりと振り返れば陛下と同じ年代の男。


「娘……」


「ケイトリンは私の、このセイスルート辺境伯の娘」


「ケイティ、の」


父君……。ポツリと呟いた。


「その愛称は」


ケイティの父君に問われて俺は素直に話した。ケイティが望んだのだと。


「ケイティの愛称は小さな頃家族で呼んだものでね。だが大きくなるにつれてケイトリンがケイトと呼んで欲しいと皆に言うからケイトと呼ぶようになった。ケイティは誰にも呼ばれない自分だけの大事な物だ、と。おそらく王家に嫁ぐ決意の表れの一つ。甘える事を誰にも許さないように。だがその自分だけの大事な愛称をあの子はあなたに与えた。あの子の心を守ってくれて感謝する」


その言葉に俺はまた泣くしか出来なかった。だが泣く俺の肩にそっと触れて来る者がいた。ケイティの父君か、と見やれば全く違う男。ふとケイティに託された物の事を思い出した。あれは絵の具入れの中から出して肌身離さず持っている。ケイティから預かった大事な物だが何となく閉まっておくより持ち続けている方が良い気がして。


「……お前がクルスか」


俺はケイティから聞いた名前を口にする。特徴がまるでない平凡な男はある紙を俺に見せてきた。


「……さくら。桜か懐かしいな」


平仮名で書かれたその3文字に俺は日本を思い出す。ケイティも日本人だったから好きだったのだろう。俺も好きだ。梅や桃も綺麗だが日本の花を思い出すのは桜だった。この国には咲いてない花。


「……やはりあなたがお嬢様が信頼していた方ですか。お嬢様から託された物が有りますね?」


「これの事か」


ケイティが寄越したハンカチの中を確認した事はない。何れ返す物だったから。包まれたハンカチごと渡せばクルスはハンカチから何かを取り出す。それはロケットペンダントに見えた。クルスはそのペンダントをケイティの父君に渡してハンカチは俺に押し付けて来た。ケイティのハンカチを俺が持っていて良いのか? と問いかける前にハンカチを広げられた。

ハンカチには日本語で刺繍が入っていた。


好き


の2文字が。

()()()で書かれている以上俺宛の物に間違いない。他に日本人だった者を俺は知らないし、少なくてもクルスやケイティの父君に陛下は不思議な紋様に見えるのか何の刺繍だ? と首を傾げている。だからこれはケイティから俺へのメッセージだ。


「俺もケイティを愛してると言えば良かった……」


ポツリと呟いたがそれを俺が口にしないようにケイティが止めていた事は理解していた。どうにもならない想いだったのだから。俺の呟きは誰も聞こえなかったのか聞こえないフリをしたのか。俺には分からないがもうこの場に居る必要は無かった。ケイティの心はこのハンカチにある。


友になり同じ日本人の転生者という理解者でありーー俺の唯一の愛する女性との別れだった。

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