記念話。ーーある日の1度目のドミトラルとケイトリン(後)
ドミトラル視点です。
長いです。
ゲームのケイトとは違う彼女と出会って、顔を合わせるのは何度目になるだろう。ケイトの前世は日本人の女子高生。何処かで出会った事があるかもしれない、と思うだけでちょっと嬉しい。でも俺と出会うまで日本人だった記憶は無かったそうで、けれども中身は全然ゲームのケイトとは違う。
考えてもみれば、辺境伯……つまり辺境領の家の出身だ。普通の貴族令嬢とは育つ環境が違う。俺が前世の日本人だった頃の記憶は、生まれた時から徐々に思い出していたから、ドミトラルとして生きるのにも困った事は無かった。で。ドミトラルとして生きていると分かるけど。貴族って美味いモン食って煌びやかな生活して、淑女は自分を着飾ってウフフと笑い、紳士は女性を口説きまくる。……そんな生活だと偏見を抱いていた。
全然、違った。
いや、一部そういう奴もいるけど。殆どの貴族はそんなんじゃ無かった。特に長男は嫡男……つまり後継なので勉強勉強勉強。お受験控えた日本の子ども並みじゃないのか? ってくらい、勉強してる。マナーとか教養とかもあって、ダンスに乗馬も習う。俺は後継じゃないし、男爵家だからそこまで勉強なんかしなくて良かったけど、それでも必要最低限の教育と礼儀は叩き込まれた。しかも男爵家とはいえ貴族である以上、感情のコントロールまで身につけさせられた。
……こんな生活してきてさぁ。そりゃあ自分の婚約者が他の女に目移りしてます、って嫉妬するよな。だけど、こんな生活してきているんだから感情をコントロールして虐めなんてしないと思うんだが。
そんな俺達よりも辺境の貴族って過酷なはずだ。何しろ隣国と小競り合いがあれば、その矢面に立つわけだし。辺境領にある森には獣が出て、その獣と戦う事もあるらしい。10歳までそんな地で育ったケイトが、ゲームのケイトリンみたいな性格には、そりゃあならないよな。
ケイトだけじゃなくて、日本で流行した乙女ゲームもそれに連なる小説やマンガやアニメなんかの悪役令嬢って、本当に創作上の存在じゃね? 良く分からんけど。他の世界に転生したとしても、そう思った気がする。だって、虐めているって感情をコントロール出来ていない。つまり貴族教育が身についてないっていうのと同じ。それ、令嬢として致命的じゃん。しかもその虐めが誰かにバレるって尚更致命的……。うん。ゲームやマンガだから有り得る存在だな、悪役令嬢って。
そんな事をツラツラ考えながら、ケイトを待っていると、俺に気付かずに何処か行きそうになったので慌てて呼び止めた。考え事をしていたらしい。足元気をつけろよ。そんなやり取りをしながら、俺の描いた絵を渡す。相変わらずきちんと金を払ってくれる。ちょっと恥ずかしいんだけど。
でも、俺の願望と……多分ケイトも同じ願望を持っていてくれるはず。息を呑んだケイトが一瞬嬉しそうに笑ってから……
「これはもらえない」
と俺に返して来た。何故。ケイトは俺のことを好きだと思っていた。俺の勘違いか。ケイトが微笑みながら俺を見る。微笑んでいるはずなのに、泣きそうだ。
「捨てろって言ったのに」
返して来ないで欲しかった。俺の想いを拒絶されたようで辛い。俺の勘違いの片思いなんて恥ずかしいじゃないか。
「捨てられないよ。ドミーの絵は素敵だもん」
「でも要らないから返して来たんだろ」
俺の方が精神年齢含めて年上だというのに、子どもみたいな事を言っている。ケイトは微笑みながら、理由を述べた。
「貰いたいから返したの」
なんだそれは。
俺が首を捻ればケイトがまた泣きそうに笑う。
「ドミー。私はね。どれだけ蔑ろにされていても、第二王子の婚約者。将来の王子妃。このまま何事も無ければ。10歳でこの城に来てから、私には影がついているの」
「影?」
「辺境伯家にもいるけど、そっちじゃなくて。王家の影。つまり。スパイというか、私の監視役。本来なら気付かない存在なんだけど、私が辺境伯家の人間だから、影の気配には気付いている。だから私達の声は聞こえない範囲だろうけど、行動は見ているから。そして、私が貰ったドミーからの絵は確実に何が描かれているか、私に気付かれていると解っていながら調べているの。だから」
そこまで言われれば、俺でも解る。この絵を見られれば国王か王妃か両方に報告される。ケイトに咎めが無くても俺に咎めが有るかもしれない。ケイトは、そう言っているのだ。
こんな。こんなに優しいケイトが、どうして幸せになれないんだ。なんでこんなに他人を思いやれるケイトを蔑ろに出来るんだよ、ヴィジェスト! 俺なら。俺ならケイトを幸せに……そんな俺の想いさえ、許されない。それが婚約者が居るということ。しかも王族の婚約者が居るということ。
俺に出来るのは。
ケイトの優しさを汲んで、絵を返してもらい、金を返して、ケイトの望む絵を描けなかったと知らしめるだけ。
何一つ疾しい事など無い、と誰の目にも明らかにするだけ。
そうでなければ、俺はケイトに近づく事を許されなくなる。排除されてしまう。それは俺は耐えられない。ケイトは……どうだろう。
「私。まだドミーと話していたいよ、これから先も」
俺の声にならない疑問に答えるように、ケイトがそう言った。呟きにも近い小さな声で、でも確かな願い。ケイトがそう望むのなら。俺に出来る限りでその願いを叶えるしかない。
どうして。
どうして俺とケイトは、こういう風に出会ったのだろう。
もっと違う出会い方が出来なかったのだろうか。
もし。
もしも、また生まれ変われるのなら。
その時は、俺は今のドミトラルのように……タータントの国王お抱えの画家みたいな雁字搦めの立場じゃなくて……自由の身でいることにしよう。
そして、ケイトもこんな雁字搦めの立場じゃない自由の身でいてくれたなら。
絶対に出会うから。
俺がケイトを探すから。
存在してくれさえすれば、次は必ず俺が幸せにする。
こんな義務しかない、不幸にしかならない、ケイトリン・セイスルートの人生を引っくるめて、次こそは俺が。前世だって若くして亡くなったと言っていた。俺も若い方だったけど。それでも、その俺より尚若くして。マコトちゃんの人生の分もケイトリンの人生の分も含めて。俺と幸せになって欲しい。
だから。
だから今世は諦めてケイトの望む関係を築こう。
そんな決意を固めた俺は知らない。
たった数ヶ月後に、ケイトを見守るどころかケイトそのものを喪う事になるなどーー。
お読み頂きましてありがとうございました。
少しでも皆様への感謝として届けられていれば……と思います。夜は本編に戻ります。




