表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/400

1度目。ーー王子妃教育の賜物と褒められた娘。

ヴィジェスト殿下視点。

「危ない」


言われた事が分からず咄嗟に判断したのは愛するロズベルを自ら庇う事だけだった。だからそんな私を庇うようにたった今婚約破棄を告げた女が立ちはだかるなんて思いも寄らなかった。まるで時が止まったかのようにその光景が目に焼き付く。

侍女のお仕着せ姿の女が駆け寄って来たと思えば手には何か煌めく物がーー煌めく? と訝しんだ時には婚約破棄を告げた女が私と女の間に入りそのまま崩れ落ちた。


「ちっ」


舌打ちが聞こえて女が逃げ出すのも見えて父上の声が響いた。


「女を捕らえよ!」


騎士が囲むのを見て女は倒れた。ーー後から聞いたところ舌を噛んで死んだらしい。良く訓練された暗殺者だった。……そう暗殺。婚約破棄を告げた女は……長い間婚約関係を秘密にしていた女は私を庇って死んだ。死んだのだ。その場は混乱に陥り私達王族も客人も全員城内に入り、私は震えるロズベルを宥めながらもどこか冷えた頭であの女は何故私を庇ったのか? と何処か他人事のように考えていた。


父上と母上を中心に兄上とその婚約者と私とロズベルとその周りに私達を守る騎士達がいてようやく守られている実感が湧いて来た頃、母上がポツリと言葉を落とした。


「ケイトリンは良く出来た娘でしたわ」


良く出来た? 辺境の田舎娘が?


「ああ。婚約を破棄など王家の失態だと言うのに咄嗟にヴィジェストを庇うなんて」


父上がそんな事を言う。王家の失態? 何故。辺境伯程度が王家に逆らうなんて……と考えて父上が言っていた事を思い出した。辺境伯家は王家に忠誠を誓っていない、と。


「父上。いえ国王陛下。発言をお許しください。ーーありがとうございます。陛下、我が王家から打診して漸く頷いてもらった婚約を勝手に破棄した莫迦な弟の所為で辺境伯殿はお怒りになられないでしょうか」


兄上の言葉に目を見開く。王家から打診した? 向こうからの婚約ではなく?


「あ、兄上、それは……」


「何がそれは、だ。国王陛下からきちんと聞かされていただろう。私も王妃殿下もその場に居たぞ! 長い間我が国と民を守る要だった辺境伯爵家。だがどの王家の代も忠誠は誓ってもらえず、国王陛下と当代の辺境伯爵殿が学友だった事からようやく忠誠を誓う証としてお前とケイトリン嬢との婚約が整った、と。何を聞いていた! その後も数回は王家からの打診した婚約だ! と叱っただろうが!」


私は返す言葉が出て来なかった。乳兄弟で相思相愛の恋人・ロズベルと結婚するのだと幼い頃から望んでいたから、勝手に婚約を決められた事に憤っていた。あれほど王族とは国の為に民の為に存在する、と言われていたのに。そういえば彼女も王家と辺境伯家との契約だ。王家から打診されたものだ、と言っていた事を漸く思い出した。つまり彼女との婚約はただの政略などではなく王家にとってとても重要なものだった……。私はその事を忘れていた。なんたる失態……。


「ケイトリン嬢は辺境伯家の跡取り娘。そこを無理に我が王家へ嫁がせる事を説得した。ケイトリン嬢の代わりを兄弟を含め親戚筋から見つけるのも大変だと言いながらも応じてくれたのに。辺境伯家は一番志が強い者が跡取りという独特な風習があるからこそケイトリン嬢が跡取り娘だった。それなのに。このような事になってアイツに顔向け出来ん」


父上が意気消沈とされた。


「辺境伯家の者は男女問わず武芸に秀でているから何かの折にはヴィジェストを助けてくれると思っていましたが……。それが婚約破棄を告げたというのに関わらず助けてくれるなんて……。いくら王子妃・王妃教育で万が一の時には王子もしくは王を守る盾になるように教育されていても、婚約破棄を告げた相手を咄嗟に助けようとするなんて出来た娘ですよ。王子妃教育の賜物です! それなのに! ヴィジェスト! あなたという子は! この婚約の意味も理解せずあのような公の場で婚約破棄を告げるなどと辺境伯家の顔と王家の顔に泥を塗るような莫迦な事を仕出かして! その上令嬢としても傷物にした挙げ句に隣国の使者殿が言ったからと言って更に勝手に婚約を決めようとまでして! あなたにそんな権限があるわけが無いでしょう! 私は私は私は……っ。王妃としても母親としても情けない思いを息子に王子にさせられるとは思ってもみませんでしたよ! 同じ女性としてもとんでもない恥辱を与えて……ああっ。ケイト……」


激して母上は泣き出してしまった。私は項垂れる。彼女がお互いに不干渉で、と言った事に我が意を得たりとばかりに頷いて全く彼女を顧みなかった結果が母上の嘆きとは情けない。


「王子妃教育って……そんな怖いものなの?」


私の隣からそんな声が聞こえてくる。


「ロズベル」


「無理無理無理! 私、ヴィジェストと結婚なんて出来ないわ! ヴィジェストを庇って自分は死ぬなんて絶対無理っ!」


私は唖然とした。あれほど私達は何があってもお互いを助け合い愛し合い信じ合って一生を添い遂げよう、と誓ったというのに。「私の王子という身分はもしかしたら命を脅かすかもしれないが、その時は必ず命をかけて君を守る」と言えばロズベルも「私も命をかけて守ります」と言ったではないか。そんな、これが本音か。


「それはならぬ」


父上が重々しく言葉を発する。私もロズベルも震えて父上の言葉の続きを待った。


「ヴィジェストが公の場で堂々と婚約すると言い切った以上、お前達2人は必ず結婚させる。但し! ヴィジェスト。お前がロズベルの家へ婿に行く形で、だ。隣国の公爵家の養女なのだろう? 国から追放にはなるが行く宛が有って良かったな」


そんな。

ロズベルと2人で兄上の補佐をしながらこの国を守っていくと決めたのに。

私はこの国の王子なのに。


「そんな! それじゃあ王子妃として贅沢な暮らしが出来ないじゃない!」


ロズベルの言葉に私は愕然とした。そんな事のために私と結婚したかったのか。そんなロズベルと結婚するために私は……私を命をかけて守ってくれた彼女の事を見向きもしなかったのか……。

私はもうロズベルを愛する気持ちが失せた事に気付き始めていた。けれどそれでもロズベルと結婚するしか生きる道が無い事も分かっていた。


「何を言う。コッネリ公爵の養女なのだ。贅沢とやらを好きなだけさせて貰えばいいだろう」


父上の言葉にロズベルがまた身体を震わせる。


「養女とはいえつい先日迎えられたばかりで肩身が狭いので……」


「そのような事こちらの知ることではない。良かったではないか。ヴィジェスト。子爵の位ではお前と結婚出来ないから、とわざわざ隣国の公爵家の養女になってくれる程お前を愛してくれているのだから。幸せだろう」


父上の皮肉。違う。私はこの国の行く末をロズベルと共に見守るつもりだった。隣国で肩身の狭い思いをしながら生きていくつもりなど無かった……。

もう私が何を言っても父上は聞いてくれないだろう。私は父上の仰る通りにするしかないのだ。そう思っていた。この時まで。

だが私は更なるロズベルの秘密を知った時、己の身が斬首か幽閉のどちらかしかない事に気付く事になる……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ