2度目。ーー野外訓練1.5日目。深夜に騒ぐと眠れません。
「助けて」ねぇ……。叫び声で飛び起きた私は、けれども気配を感じ取って二度寝したいなぁ……と心底思った。やったら文句言われるからやらないけど。お母様も叫び声で目が覚めて不安そうだ。仕方ない。お母様にも声をかけて焚き火まで足を運ぶ。と言っても、数える程度にしか離れていないけど。
こういう焚き火って、前世……つまり日本人感覚だとテントの側にあるイメージなんだけど、こんな獣がそこかしこに出るようなこちらで寝床の側で焚き火なぞしていたら、此処にヒトが居ますよ。って猛アピールしているのと同じなので、狙って下さいっていうのと同じらしい。だから焚き火は寝床から少し離して作るようだ。かといってあまり離しても周囲が見えなくて意味が無い。だから、寝床から焚き火の灯りがほんのり見える程度に離すらしい。説明されて納得した。
日本でも熊や猪がいたけど、所詮私は都会っ子だったよね。いや田舎だとは思っていたけど、熊や猪が身近ではなかったから都会っ子なんだと思う。ケイトリンとして生きて来た記憶が確りしていたから、気にならなかったけど、日本人だった頃の記憶に引きずられていたら、熊・猪・狼・山猫・猿なんかが山程居る、この辺境領で生きていく自信はなかったかもしれない。
……いや、大丈夫か。お父様が脳筋だからな。私が無理だの嫌だの叫んだってこうして野外訓練をさせられていたな。そんな事をつらつら考えつつ、お姉様の周りを見れば、焚き火を挟んで向こう側に親子と見られる狼が居た。直線距離にして10メートルあるかないかくらい。
「ケイトリン! 早く、早くなんとかしなさいよ!」
「それが助けを乞う人の言い方ですか」
その位置から動かない狼を見て、コレは普通の獣だと判断する。警戒もされているようなので、私は冷静にお姉様に突っ込んだ。
「何よ! 妹が姉を助けるのは義務でしょ!」
「いいえ。此処は野外訓練場。姉妹だの親子だのと言っている場合では有りません。そんな義務も有りません。ウチ以外の姉妹だって、妹が姉を助けるのが義務になんかなってないですよ。そして、こんな深夜にそんなに騒いでいたら他の獣が近寄ります。眠れないでしょ」
「この状況で寝るつもり⁉︎」
「だから野外訓練中です。寝られる時に寝なくちゃ身体が持ちませんよ。考えて発言して下さい」
警戒している狼の親子を見ながら、お姉様に忠告していく。他の獣を呼び寄せると言えば、少し静かになったのは助かった。というか、妹が姉を助けるのは義務ってそんなわけないでしょ。その否定をキッパリ無視するし。聞いてないな、コレ。
お母様には明るい所と暗い所の境目にいるように話しておいてある。明るい所に目が慣れて暗い所に戻れないと困るからだ。狼の方は私が視線を逸らさず、かといって何もして来ない事に若干安心したように警戒が緩んだ。見れば親の方は足に怪我があった。塗布出来るようになっている薬草を取り出し警戒されないよう徐々に近づいて親の側にいく。ゆっくりと怪我の部分に塗ってあげれば、親子はおとなしいまま。それが終わってから静かに話しかける。人語が理解出来るかどうかなんて、私も知らないが敵意が無い事くらいは分かっているだろう。
「此処で休んでいくといい。その怪我がどういうものかは分からないが、休む事は大事」
私はそれだけ言って背を向けた。お姉様にお母様と共に寝床で寝るように告げる。少々時間が早いが交代して見張りをしよう。
「あの獣は」
「襲うならとっととやってます。普通の狼ですから大丈夫でしょう」
「普通?」
「辺境伯家の者なら勉強しているでしょう。どういう理屈か分かりませんが、偶に凶暴性のある獣が居る、と。凶暴性のある獣は、警戒などせずに襲って来ますよ。あの親子はそれが無い。普通の親子です」
説明すると、半信半疑らしいがお母様と寝床に戻っていった。……ヤレヤレ。さて。焚き火の番と見張りをしますかね。ちなみに、狼の親子はおとなしくその場で休んでいた。……賢いなぁ。おそらく太陽が昇る頃には森の自分達の縄張りに帰るだろう。そんな事を思いつつ、夜が更けて行くのを感じ取りながら、私は少しだけ感傷的な気分に陥り、1度目のケイトリンで出会ったドミトラル様の事を思い出していた。
淑やかな令嬢とは言い難い私だけど。それでもドミトラル様を好きで居ても良いですか。




