2度目。ーー婚約者候補者達とのバトル・12(ヴィジェスト編)
「やぁ。セイスルート嬢、今日はよろしくね」
「もちろんですわ、殿下。こちらこそ宜しくお願い致します」
最初に私に声をかけるヴィジェスト殿下。これだけで貴族教育の行き届いた人は、私が一歩先んじてる存在だと全員気付いたはず。殺気凄いなー。だって私より爵位が上の侯爵令嬢さんより先に声を掛けられたわけだからね。
「ナイゼルヌ侯爵令嬢、今日はよろしく」
「は、はい。こちらこそ宜しくお願い致します、ヴィジェスト殿下」
侯爵令嬢さん、私への殺気を綺麗に隠して殿下に笑顔。さすがだなぁ。変わり身が早いっていうか。しかも殿下に名前を呼んで欲しいって随分積極的だよね。普通余程親しくないと家名で呼ぶのに。特に異性なら。でも、侯爵令嬢さん、サラリと殿下の名前を口にしていたもんねぇ。
「悪いが、ナイゼルヌ嬢。私は友人や婚約者でもない限り、家名で通そうと思っているんだ。済まないな」
おや。お断りされましたか。まぁ確かに軽々しく名前を口にして、婚約者だと思われても困りますよね。侯爵令嬢さん、なんていうお名前でしたかね。前回の茶会で名乗ってくれていましたよね。ええと確か……リューネさん、でしたっけ? リューネ・ナイゼルヌ侯爵令嬢だった気がします。
「ん? 其方はもしや、エルネン伯爵令嬢かな?」
侯爵令嬢さんを下がらせた殿下が、その隣の伯爵令嬢さんに声をかける。法に詳しい法の番人の伯爵……エルネン伯爵様のご令嬢ですわね。
「は、はい。殿下。前回のお茶会では病で参加出来ず失礼を致しました」
「いや。私に移しては……という気遣いだろう? 構わない。体調は大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます、殿下。改めまして自己紹介を。マコッテ・エルネンと申します」
ああ、この方前回のお茶会に欠席されてーー。私は、唐突に前回のケイトリンの人生の一部を思い出した。あまりの衝撃に叫び出さないでいられた事を自分で褒めたい。そして、このタイミングで思い出せた事もーー。
マコッテ・エルネン伯爵令嬢。
私が彼女をエルネン伯爵令嬢だと理解出来たのは、彼女が持っていた扇子にエルネン家の紋章があったからだ。だから名乗られるまで名前は知らなかった。しかし、名乗られた今は……何故、前回のケイトリンの人生の記憶を忘れていたのか、と自分を殴りたい。でも、まだ間に合うはず。
衝撃をやり過ごした私は、何とかこの事をクルスに伝えないと。焦るな。落ち着きなさい、ケイトリン。クルスに伝える機会は必ずある。いえ、お茶会が終わってからでも今日中ならば大丈夫だとは思いますけれど、でも一刻も早く伝えたい。
いえ、でも不審な行動を起こせば彼女ーーエルネン伯爵令嬢に気付かれる。彼女に気付かれたら、聡い彼女のこと。私の動きから先を予測してくることでしょう。それによって下手に手を打たれても、それはそれで厄介だわ。エルネン伯爵令嬢に気付かれないようにクルスに伝えないと……。
「……ルート嬢? セイスルート嬢? セイスルート嬢!」
「あ、は、は、はいっ」
思考の海から強制帰還させられ、私は思わず淑女らしくない返事をしてしまう。クスクス……と途端に漏れる失笑。苦笑するヴィジェスト殿下。あー、さっきの呼びかけはヴィジェスト殿下でしたわね。ちっとも返事をしない私が悪かったですわね。失態。
慌ててヴィジェスト殿下と会話を交わして、ヴィジェスト殿下が苦笑されながら他のご令嬢方がいるテーブルへ向かったところで、気まずい……という顔を作りつつ、「少々失礼します」と席を外れた。
失態は犯したけれど、失態をこれ幸い、と私はテーブルを外れてお手洗いへ向かう最中に近寄って来るクルスの気配に、先程の思い出した1度目のケイトリンの人生の記憶を伝える。お父様に伝えるのと同時に、イルヴィル様にも伝えるように命じた。




