2度目。ーー胃が痛むのが先か不敬で咎められるのが先か。・4
「嘘だ。そんなわけが……」
えっ? 何に対して嘘って言われてるんでしょうか?
「ヴィジェスト殿下?」
蒼白な顔色でブツブツ仰っているヴィジェスト殿下を見かねて私は呼び掛けた。
「……すまない。では、あの時はそうだったとして、今、私と婚約関係を結ばないのは?」
私に呼びかけられたヴィジェスト殿下が我に返ったようにそう仰るので、私はどこまで率直に話すべきか少しだけ迷ってから、全てではないものの本音を打ち明けた。
「殿下はご存知無い事だと思いますが。私は前回の人生でお父様からセイスルート家の次期当主に考えていた、と告げられました。ですので、今回はセイスルート家当主を目指そうか、と。今回も選ばれるとは思っていません。思っていませんが、目指すくらいは許されますから」
「……次期当主の座を?」
ヴィジェスト殿下が驚いていらっしゃる。私は首肯した。
「そう、か。そうか……。君は今回は違う人生を歩むつもりなんだな?」
「……はい」
「そう、か」
仕切りにご自分を納得させているようなヴィジェスト殿下は、何かを考えこんでいるようにも見受けられた。やがて思考に沈み込んでいたところから浮き上がったようにヴィジェスト殿下が私の目に目を合わせてーー
「ケイト」
愛称を呼ばれた。
「はい」
「君の思いは理解した」
あらまぁ、時々思っていましたが……2度目のヴィジェスト殿下は、随分と賢くなりましたよね。一体何があったのか。どういった心境の変化なのか。だいぶ私を尊重しますね。
「ありがとうございます」
「だが、私とケイトは友だ。そうだな?」
不本意ですが。
「左様にございます」
「では、友として頼みがある」
頼み、ですか。私は返事をせずに先を促した。
「暫く私の筆頭婚約者候補者の立場で居てもらいたい」
……は?
いけない。思わず口を滑らせてしまうところでした。
デボラ! クルス! 褒めて! 私、危うく不敬を働くところでしたよ! 何とか淑女の仮面を外さなかったですよ!
ヴィジェスト殿下の背後に立つカッタート様とボレノー様とは反対に、私の背後には誰も居ません。会話が聞こえないけれど、私の姿は見える範囲でデボラとクルスは控えています。
その2人に内心で呼びかけていました。
……だって、それくらい衝撃的だったんです。何故、私が、ヴィジェスト殿下の筆頭婚約者候補者の座を得なくてはいけないんですかっ! ドナンテル殿下とノクシオ殿下の筆頭婚約者候補者だと思われている事すら面倒くさい……いえ、鬱陶しい……いえ、腹立たしい……でもなくて、ええと、そうそう、恐れ多いのに!
あちらはまだ只の噂。
でも此方は確りとヴィジェスト殿下からの要請です。……面倒くさい。じゃなくて、疎ましい。でもなくて、私を巻き込むな! でもなくて、恐れ多いことです。
別に私、王家に従う理由なんて無いし、コレお断りして良い案件ですよね。




