2度目。ーー胃が痛むのが先か不敬で咎められるのが先か。・1
イルヴィル様の執務室から退室して帰ろうとした私は、けれどあまりにも顔色が悪かったのだろう。デボラとクルスの2人がかりで庭園の四阿で休んでいく事を訴えられた。2人がかりで言われてしまう程酷い顔色なのだろうとは思う。その訴えは確かに私にとって有り難いから、言葉に甘えて一番近い庭園へ足を向けようとしたところで、背後から声がかかった。
「セイスルート嬢」
その声はこの1年良く聞いていた。振り返ればやはりボレノー様がそこにいた。
「ヴィジェスト殿下が兄上との話が終わったのなら、茶を飲みたい、と仰せですが……どこか具合が?」
ボレノー様が用件を告げながら近寄って来て、私の顔色が悪い事に気づいたのか焦る声に変わった。
「お嬢様は体調を崩されました。このような状態で殿下とお茶会などとても」
私が返答するより早くデボラが断っているのが聞こえる。でも、先程よりはいくらか楽になった。
「しかし……イルヴィル王太子殿下との話の時からではないでしょう? それならばこんなに長くかからないはず」
成る程? 私とイルヴィル様とのお茶会が終わるまで待機していた、と。私は失礼ではあると分かっていながら、大きく深呼吸した。おかげで気分が良くなる。そうして改めてボレノー様と向き合った。
「かしこまりました。ご案内頂けますでしょうか」
デボラが私をチラリと見て来るが首肯する事で理解してくれたらしい。一瞬心配そうに眉間に皺を寄せたけれど、何も言わなかった。
「具合は」
「そのような事はボレノー様には瑣末でございましょう? どうぞお気になさらず」
ボレノー様は私の嫌味を正確に読み解けたらしい。……私の体調よりもヴィジェスト殿下の命の方が貴方の優先順位は高いのだろうから、下の者の事など気になさらずにという嫌味。
眉間に皺を寄せている。隣国の学園で対峙した時よりもよっぽども貴族らしくなった。それから何も言わずに案内をしようと歩き出したところで「待て」と短い声が飛んでくる。
「イルヴィル殿下」
ボレノー様が頭を下げ私も礼を取る。
「セイスルート嬢は私が下がって良いと判断した。ヴィジェストは私から言い聞かせる」
ボレノー様は逡巡してから「お言葉ながら」と発言を求めつつ反論する。
「我が主はイルヴィル王太子殿下に非ず。如何に主より身分高きお方であっても、明確な理由無き以上私が命を受諾するのはヴィジェスト殿下でございます」
……あら。きちんとヴィジェスト殿下を立てるのね。うん。そこは見直せます。
本当はイルヴィル様に逆らうのは許されない。だって第一王子ってだけでもヴィジェスト殿下より身分は上だし、ヴィジェスト殿下の兄だし。でも何より、既に王太子の位に着かれた方だもの。只の王子じゃない。次期国王。そんな方の命を受諾しない、という発言はボレノー様の将来を潰すようなもの。
それでも理由も無しにヴィジェスト殿下の命よりイルヴィル様の命を聞き入れるわけにはいかない。と逆らった。これが本来のボレノー様のお姿なのかもしれない。ならば、その忠義に報いる必要があるでしょう。
「イルヴィル王太子殿下。私への配慮大変有り難く存じます。なれど、ヴィジェスト第二王子殿下とは友人同士。友人の顔も見ずに退去する事は薄情な事かもしれませんので、お誘いをお受けしようかと存じます」
体調はだいぶ良くなりましたから大丈夫ですよ、と解ってもらえるように微笑めば、イルヴィル様は首肯されて踵を返された。……さて、ではヴィジェスト殿下とのお茶会に臨みましょうか。
ーー私の胃が痛むのが先になるか、私が不敬な態度を取って咎められるのが先になるか。デボラとクルスには悪いけれど、きちんとヴィジェスト殿下と対峙しておく必要は有りますからね。2人共、よろしくお願いします。




