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次の休日、再び孤児院を訪れたアンリとウィル、アイラの三人は、院長の部屋で出された紅茶を飲みながら、向かいに座るマグネシオン家当主と向き合っていた。特に待ち合わせたわけではなく、偶然、訪問が重なったのだ。孤児院の子供たちが「マグネシオン家のおじさんだ!」などと楽しそうに騒いでいるのを見て、アンリはこの男が孤児院で人気者になっていることを初めて実感したのだった。
「体験カリキュラムの休日は把握しているからね。今日あたり、来るだろうと思って」
「……そうやって、いつも逆に、俺がいないときに来ていたんですか」
アンリがずばりと聞くと、彼は言い訳するでもなく、肩をすくめた。
兄たちから話を聞いた時点で、アンリはおかしいと首を傾げていた。いくら半年に一度という少ない頻度とはいえ、そして、アンリが頻繁に仕事で孤児院を空けていたとはいえ。ここに住んでいた十数年の期間の中で一度も会う機会が無かったというのは不自然だ。ほかの子供たちにはこんなに好かれるほど通っているというのに。
アンリのスケジュールを把握して、いつもちょうど、アンリのいないときを狙って来ていたのだろう。
「そうだよ。合わせる顔が無いと思っていたんだ。元の思いがどうであれ、外向きには君を利用しようとしているとしか見えないことをしていたからね」
「気にする必要は無かったと思うんですけどね」
アンリは外で遊ぶ子供たちの姿を窓から眺めて言った。今でこそあの輪に混じることはないが、アンリも孤児院で生活していた頃は、ああして外で遊んだものだ。もちろん防衛局の仕事は忙しかったが、それ以外の、ここで生活する時間はアンリの自由だったのだから。
「噂話は色々聞いています。それでも、俺がここでの生活を嫌うことはありませんでした。たとえ利用されるのだとしても、それで良いと思えるくらいには快適だったし。だから、この孤児院を作ってくれたことに感謝はしても、恨んだことなんて一度もないんですよ」
「……人がいいなあ、アンリ君は」
照れ隠しのように紅茶を口に運ぶ父親の向かいで、アイラまでがなぜか照れた様子で視線を壁へと向けた。自分の父親が賞賛されていること、そしてこの孤児院で慕われていることが、よほど嬉しいらしい。
「そもそも、俺は今生きてここにいられるっていうだけで、貴方に感謝していますしね」
あのドラゴンをどうにか生かしたい、と思ったときに考えたのだ。ドラゴンにとって無理矢理生かされることは、本当に幸せなのだろうかと。子供だけで北の山脈に戻されても、仲間と合流することは絶望的だ。かといって人間の下で育てられても、研究材料にされるだけかもしれない。それならいっそ、死なせてしまった方が、慈悲があると言えるのではないか……?
そんなことを悩んだときにふと、自分なら、と考えた。動物と比べるのもおかしな話だが、自分の意思で何も決めることのできなかった赤ん坊の頃。そのときに死んでいたら、この孤児院での楽しい生活も、今の中等科学園での充実した生活も、そしてこれからの将来への希望も。全ての可能性が消え失せていた。
生きていたからといって、幸せだとは限らない。けれど、生きていたからこそ、幸せになる可能性も残ったのだ。それを感謝せずに恨むことは、今のアンリにできることではなかった。
アンリの言葉に、マグネシオン家当主はやれやれとため息をつく。
「本来、子供が生きていることを誰かに感謝する必要は無いと、私は思うのだけれどね」
「……でも、親に『生んでくれてありがとう』って言うことはあるでしょう? 俺は生みの親のことを覚えていないから、そう思ったことはないですけど。たぶん、俺が貴方に感じている感謝の気持ちは、それに似ているんだと思います」
アンリは再び、窓の外を見遣る。
きっと同じように思っている子供たちは多い。この孤児院の設立目的がなんであれ、存在しているというその事実が、ここの子供たちを救っている。もしも子供たちが将来、心無い噂話を耳にしたとしても、きっとその感謝の気持ちは揺るがないだろう。




