表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第2章 体験カリキュラム
92/467

(45)

 十五の魔法を重ねた重魔法を用意して、アンリはドラゴンに向けて構える。しかし怯えた様子でアンリを睨むドラゴンの様子が気の毒になり、仕方なく魔法はまったく別の方向へ発射することにした。目標物があった方がやりやすいが、怯えるドラゴンをこれ以上標的にするのは可哀想だし、虐めているようで気が引ける。怪我をさせるつもりはないのだが。


 壁際で体を丸めるドラゴンを放っておいて、アンリはまったく別の壁へ、十五の重魔法を延々と撃ち続ける。もちろん今度は壁を壊さないよう、しっかり結界を張り、魔法の強さも制御しながら。数十回繰り返し、アンリはようやく手を下ろした。ようやく、体内の魔力量に底が見えた。


(また増えたかな……これ以上人間離れしたくはないんだけど)


 重魔法に使う魔力の量は、ひとつの魔法に使う量の比ではない。二種の魔法を重ねるだけでも、単純に二倍ではなく、数倍に膨れ上がる。十五も重ねれば、普通の人なら一度か二度で体内の魔力が尽きるだろう。


 それを数十回繰り返し、ようやく尽きるほどの魔力量。自身の魔力の器の大きさに、アンリは自分のことながら呆れ返った。隊長でさえ、アンリに比べれば器の大きさは十分の一以下だ。


 外していたグローブを再び右手に装着し、アンリはドラゴンに向き直った。ドラゴンはいまだ怯えた様子で体を小さく丸めている。しかし、その目はしっかりとアンリを睨んでいた。目を離すのも怖い、ということか。


 アンリは慎重に体の向きを変えると、ドラゴンからは見えない位置で、腰に着けた短剣を抜いた。怖がってくれてはいるが、もはやアンリには、周囲と自分に簡単な結界魔法を施す以上の魔力は残っていない。もしもドラゴンが怖がるのをやめて攻撃を仕掛けてきたら、魔法抜きで相手をする必要がある。


(体術だと魔法ほど上手く手加減する自信がないんだよ。頼むから、大人しくしていてくれ)


 祈る気持ちでゆっくりと近づいたアンリの気遣いも虚しく、ドラゴンは近づいてくる敵に対し勇気を振り絞って応戦することにしたらしい。体を起こして首を反らせたその姿にうんざりしつつ、アンリは短剣を見せることになるのも厭わずドラゴンへ一気に駆け寄った。


 ーーーーーーーーッ!!


 大音量の鳴き声で体にビリビリと衝撃が走るのを感じながらも、アンリは怯まず駆け続ける。わずかに残った魔力で、自分の周囲には結界魔法を張っている。音の大きさにさえ耐えれば、大きなダメージは入らない。


 鳴き声の威嚇を振り切って駆け寄るアンリへ、ドラゴンは鋭い爪のついた腕を振りかざした。その爪に、アンリは手に持った短剣を投げつける。ガインッと鈍い音が響いて、短剣はドラゴンの爪に弾かれた。しかし衝撃で、ドラゴンの腕の動きも鈍る。


(さすがはドラゴンの牙から作った剣だな)


 弾かれただけで割れもしなかった短剣を心中で賞賛しつつ、アンリは動きの鈍ったドラゴンの隙をついて懐へと飛び込んだ。青龍苔のグローブを着けた右手を、ドラゴンの胸へと押し付ける。


 目を閉じて意識を集中すると、まぶた越しにも眩しく感じられる程にグローブが強く輝いた。同時に、ドラゴンの体内に溜め込まれた大量の魔力がアンリの中へ流れ込む。


 通常、生きたままの生物から魔力を吸い出すことはできない。生物には無意識下で体内からの魔力流出を抑える機能があって、どんなに魔力の扱いに長けた者でも、他者の魔力を操って無理に吸い出すことはできないのだ。


 その例外が、青龍苔による魔力操作。


 硬いドラゴンの骨の中から魔力を吸い取って栄養とする青龍苔には、生きたままの生物からでさえ魔力を吸い出すだけの力が備わっている。その魔力操作力を応用して魔力放出困難症の人間の体内から魔力を引っ張り出したり、逆に体内に魔力を押し留めたりするわけだが、これは余談だ。


 右手に着けた青龍苔のグローブ。それによってドラゴンの体内から吸い出した大量の魔力は、ほとんど空っぽになっているアンリの中の魔力の器へと流れ込む。


(……二、三回やらなきゃいけないかと思っていたけど、これなら平気かな)


 右手の先で、ドラゴンの体内からは、瞬く間に魔力が減っていく。あと少し魔力を吸い出せば、危険とはほど遠い存在になれるだろう。アンリの魔力の器にも、まだ少し余裕がある。やはり大人のドラゴンに比べれば、まだまだ魔力量は少ないのだろう。一度の吸い出しで、全て終わらせることができそうだ。


 キャウゥッ


 先ほどの鳴き声とは比べものにならない、可愛らしい子犬のような声がアンリの耳に届いた。目を閉じて魔力の流れにだけ集中していたアンリは、はっとして目を開き、魔力の吸い取りをやめる。


 一軒家ほどの大きさのあったドラゴンは、アンリの腰程までの体長しかない、小さな可愛らしいドラゴンに姿を変えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ