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その日の昼休み。食堂でいつものようにウィルやアイラと食事をともにしていたアンリは、近づいてくる三人に気付いて防音の結界を張った。この食堂で結界を張るのは何度目だろうか。
「あらアンリくん、準備がいいわね」
結界の中に入ってきたのは、ミルナとサニア、スグルの三人だった。メンバーを考えて念のために張っただけの結界だが、ミルナの明るい表情を見るに、正解だったようだ。
「協議会用の見本製作に、ちょっと珍しい素材が必要なのよね。アンリくん、採ってきてくれないかしら」
言葉があまりにも単刀直入なのは、ミルナも協議会に向けて急いで準備を進めているからだろう。回りくどいお願いをしている暇はないらしい。話しながらサンドイッチを勢い良く食べているのも、急いでいるからに違いない。昼食もそこそこに、研究室に戻るつもりのようだ。
「いいですけど……あの腕輪、もう協議会に出すつもりですか?」
渡された素材の一覧を見て、アンリは首を傾げた。一覧に挙がっているのは、先日の野外活動時にミルナが装着して性能を確かめていた、探知機能付きの鳥獣撃退用魔法器具の素材だ。攻撃可能回数を増やしたいと文句を言っていたくらいなので、てっきり実用化はまだ先なのだと思っていた。
「まだ早いとは思うわ。でも、各部門で一つずつ何か出すようにっていうのが上の指示なのよ。うちの部門で、多少なりとも形になっているのはそれだけだから」
もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら、ミルナはひどく不満げに言う。
なるほどそういう事情で製品化が早まることもあるのかと、アンリは研究部の内情を垣間見たように思った。これまでにも、なぜもっと改良してから製品化しないのかと不思議に思うものはあった。逆に、なぜこれがまだ実用化しないのかと勿体なく思うものも。実力主義と言われる防衛局だが、いわゆる上の意向というやつは、それなりの影響力を持つらしい。
「言っておくけど、だからって中途半端なモノは出さないわよ。ちゃんと上質な素材を採ってきなさいね」
アンリの心中を読んだかのごとく、ミルナが人差し指を突き出して言った。中途半端な研究成果の発表ならば、中途半端な素材でも許される……などと、まさかミルナを相手に考えられるはずもない。アンリはやれやれとため息をつきながら頷いた。
「できるだけいい品質のものを採ってきますよ。……でも、どうしてサニアさんたちを連れてきたんです?」
「あ、そうそう。この子たち、こないだの野外活動が中途半端になっちゃったでしょう? 素材の採取に連れて行ってあげて欲しいなと思って」
半ば予想していたとはいえ、アンリは頭を抱えたくなった。素材の採取にはものによって危険が伴う。そんなに気軽に連れて行けなどと言わないでほしい。
とはいえ、前回ドラゴンの洞窟まで気軽に同級生を引っ張って行ってしまったアンリに言えたことではない。
当のサニアやスグルは、アンリを前にどう接して良いのか悩んでいるようだ。後輩だと思っていたら自分たちの憧れる防衛局職員だったのだから無理もない。声をかけかねて、黙ったまま控えめに、期待のこもった視線をアンリに向けている。
やりにくいと思いながら、アンリは仕方なく二人に視線を合わせた。
「……わかりました。この素材ならそんなに危険なところに行かなくても手に入りそうですしね。ついでに俺、もう一回ドラゴンの洞窟に行く予定なんですけど、そこも行きます?」
「えっ、い、いいの? ……ですか?」
「サニアさん、普通に話してください。俺、ただの一年生ですから」
喜色を滲ませながらも口調が迷子になっているサニアにアンリは呆れて言うが、サニアもスグルも、躊躇う表情で互いに視線を交わすばかりだ。
考えてみればドラゴンの洞窟での一件以来、アンリが二人とまともに顔を合わせたのは初めてだった。もっと早くにはっきりさせておくべきだったと、アンリは反省とともに重ねて口を開く。
「ええと、先輩方。俺、学園で自分の仕事のことを喧伝するつもりはないので。普通に接してもらわないと、むしろ困ります」
「で、でも」
「じゃあこうしましょう。素材採取とドラゴンの洞窟探検にお連れします。その代わり、俺の職業のことは聞かなかったことにしてください」
嫌なら連れて行きませんとアンリが言うと、それは困るとスグルが前のめりに話に乗った。つられたようにサニアも頷いたので、これで取引は成立だ。
よかったと安堵の息をつくアンリの横で、アイラは胡散臭そうに目を細めていた。
「たとえ聞かなかったことにしたところで、アンリの魔法を見たら『ただの』一年生だなんて、思えるわけないわよ」
彼女の一言に隣でウィルが静かに頷いたのを、アンリは見なかったことにする。驚愕の速さでサンドイッチを平らげて席を立ったミルナを見送ってから、緊張した空気がなんとか緩んだ上級生二人と素材採取の行先の話を進めた。




