表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第2章 体験カリキュラム
85/467

(38)

 研究室は、それまでにない慌ただしい空気に包まれていた。


「アンリ君はこないだの実験データを見やすくまとめてくれる? アイラさんとウィリアム君は、この資料を複写機で十部ずつ増やしておいて」


 雑用でごめんねと申し訳なさそうに言ったミリーは、自身も机に積み上がった膨大な仕事を片付けていく。アンリたち三人は渡された資料と複写用の魔法器具とを三人の作業用の円卓へ運び、各々任された仕事に取り掛かった。雑用は単調で退屈だが、今日の調子では、先日のようにミリーが茶々を入れに来てくれることも期待できないだろう。


 突然忙しくなったのにはわけがある。これまでの研究成果の公表や、新規研究案件の決定に関する大規模な協議会が、七日後に設定されたためだ。この研究室でいえば、魔力放出困難症を解消するための魔法器具は、もう研究成果として公表して問題ないところまで仕上がっている。それを七日後の協議会に出すとハーミルが言い出したため、俄かに忙しくなったのだ。


 公表用の資料の作成と、見本となる器具の製作。研究部上層部への説明に、研究部内各部署との調整。その全てを突然七日のうちに片付けろと言われたのだから、忙しくもなる。


「こういうことって、もっと前もってわかっているものではないの?」


 複写機の把手を回しながら、アイラがミリーたちに聞こえないよう小声で言った。


 複写機という魔法器具での作業は単純だ。一辺三十センチほどの小型の立方体をした器具の、一方の口に複写元の紙と新しい紙とを入れ、器具に設置された把手をくるくると回すと、他方の口から元の紙と複写された紙が出てくる。


 全ての資料を十部増やすまで延々と把手を回し続けなければならないのだから、文句のひとつやふたつ、言いたくなるのも無理はない。


「普通の協議会は三ヶ月に一度で、次はひと月後らしいよ。でも緊急の案件があって臨時会が開かれることになったんだって。どうせだから、間に合う案件は臨時会に載せるようにっていう話になったらしい」


 複写機に資料と新しい紙とを差し込みながらウィルが言う。緊急の案件? とアイラが首を傾げるので、隣で紙にペンを走らせながらアンリが口を出す。


「協議会には民間の研究案件があがることもある。商品化するのに、協議会で承認を得たものは強いから。たぶん、新しい型の魔法無効化装置か何かを、急いで実用化するためじゃないかな」


「……ずいぶん白々しい言い方をするのね」


「それはまあ。こんなこと俺たちが知っているのは変だろ」


 アンリが肩をすくめると、アイラもため息を吐いた。マグネシオン家の私設研究所の実験にかかわったことを秘密にしなければならないというわけではないが、単なる中等科学園からの実習生としては不自然だ。悪目立ちしないためには、黙っておくに限る。


「僕らに文句を言う資格はないってことだね」


「仕方ないわね。……それにしても、ドラゴンのことがあるから急ぎなのはわかるけれど、臨時で協議会を開くなんてことがあるのね」


「それだけマグネシオン家の力が強いってことだろ」


 一般の研究員がどれだけ実用化を早めたいと願っても、臨時の協議会を開催することなどまずあり得ない。ミルナやハーミルのように個人の研究室を持つほどの地位にある研究員でさえ、それは同じだ。


 アンリの言葉に、アイラは再びため息をついた。


「……そんな権力を利用するようなこと、良いのかしら」


「世のため人のためならいいんじゃないかな。少なくとも、アイラのお父さんなら、無意味に権力を濫用することは無いだろう?」


 ウィルに慰められて、そうねとアイラは素直に軽く頷いた。ここ数日、父親の仕事ぶりを見て思うところがあるのかもしれない。


 三組の平民が気軽に話しかけたとしても今なら怒られないだろうかなどと、アンリは意地の悪いことを考えた。もっとも初対面のときのあれは、マリアを取られたことへの仕返しの意味が強かったのだろうが。


 もちろん言葉にすれば面倒なだけなので、口にはしない。無駄口を叩いていることがミリーたちにバレるのも面倒なので、アンリたちはお喋りもそこそこに、与えられた仕事を静かにコツコツとこなしていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ