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突然のリーンの大声に、ウィルとアイラの二人は呆気にとられたようだ。言葉もなく、ただリーンを見つめている。アンリは懐かしいなと思いつつ、呆れてリーンを睨んだ。
「兄さん、初めての人の前ではしゃいで大声出すのやめてよ。驚くだろ」
「全くだ。リーンはいつまで経っても子供っぽさが抜けないな」
そう言うイルマは子供の頃から達観した大人のようだった。二人を足して二で割れば、ちょうどよく年齢相応になるだろうにとアンリはいつも思っている。
ほかの面々にしても、リーンがいきなり大きな声を出したからといって、特段驚く様子はない。慣れているから驚かない、それだけだ。ただ何度叱られても叱られ慣れるということを知らないリーンだけが、大袈裟に落ち込んで項垂れる。
「ねえそれよりさ、アイラちゃんはほんとにマグネシオンのおじさんちの子なの?」
「そういえばおじさん、娘がいるって言ってたっけ」
ベンとカイルがよく似た顔を並べてアイラに向けた。答えに迷ったらしいアイラは無言のまま困惑の表情で、好奇心に満ち溢れた二つの顔を見つめる。
にこにことアイラを見つめ返すだけの兄貴分の対応に深いため息を吐いたアンリは、アイラの代わりにと口を開いた。
「兄さんたち、アイラが困ってるだろ。もうちょっとわかるように話してよ……まず、マグネシオンのおじさんって誰さ。俺、聞いたことないんだけど」
「あれ? アンリ、知らないの?」
向かって右端からのセスの言葉に、アンリは首を傾げた。そんなに意外そうにされることだったか。手を顎に当ててやや考える仕草を見せたセスは、そういえば、と言葉を続ける。
「アンリは仕事で孤児院にいないことが多かったから、会っていなくても不思議じゃないのかな。半年に一度くらい、おもちゃや絵本を届けてくれるおじさんがいるんだよ。来たときは、よく一緒に遊んでくれるんだ。皆、マグネシオンのおじさんって呼んでる」
「あの孤児院をつくるのに、めちゃくちゃお金出してくれた人なんだぞ。いろいろと面倒も見てくれたし、俺らがそろってあそこで育つことができたのも、あの人のおかげってわけだ」
叱られたショックから立ち直ったらしいリーンが、なぜだか誇らしげに言った。どうやら孤児院設立に寄与したマグネシオン氏を恩人と仰ぐと同時に、半年に一度プレゼントを持ってきてくれるおじさんとして、身内に対するのと同じような親しみを抱いているらしい。
ともあれ、設立時の出資者といえば、先程会っていたアイラの父親に間違い無いだろう。改めてアンリがアイラに目を遣ると、彼女は面食らった様子で、呆然とリーンたちを見つめていた。それからアンリの視線に気づき、ハッとした様子で顔を逸らす。
「え、ええと……確かに、父はあの孤児院の設立に出資しています。孤児院に顔を出していたことまでは、存じませんが……」
誰とも目を合わせないように視線を逸らせたまま、長い髪の毛先を指で弄りながらアイラは言った。あのアイラでも、照れることがあるようだ。
「やっぱりおじさんちの子なんだね!」
「こんなに可愛い娘さんがいるなら、僕らみたいなのを面倒見てくれるのも納得だなあ」
アイラの反応などお構いなしに、ベンとカイルははしゃいだ様子で嬉しそうに笑った。それから珍しく真面目な顔をしたリーンが、真っ直ぐにアイラを見据えて言う。
「俺たち、国境沿いの村の出身なんだけどさ。十年前の戦争で、村がなくなっちゃったんだ。家もないし、親もいないし。そのうえ俺たちバラバラにされたらどうしようって、すごく不安だった。そんなときにおじさんが、ここなら一緒にいられるから安心しろって言ってくれたんだ。その後もいろいろ気にかけてくれて。だから、今の俺たちがあるのは、おじさんのおかげなんだよ」
感謝してもしきれないと言ってリーンは頭を下げた。慌てたアイラは自分ではなく親のことだからと言って恐縮するが、それでも満更でないのか、どことなく嬉しそうな様子ではある。
それからリーンたちのマグネシオンおじさん自慢が始まって、アイラは実の娘のわりに、食い入るように熱心に話を聞いては、初めて聞く父親像に感心しきっているようだった。




