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マグネシオン家本邸の裏庭の奥に建つ、本邸の館に比べるとやや小振りな別棟。
中庭での昼食を終えると、アンリたちはそのまま別棟に連れて行かれた。どうやらそこが、例の魔法器具の研究を進めている私設の研究所らしい。資金面の支援だけかと思いきや、本邸の庭に設けた研究所を使うなど、思った以上に力を入れた研究のようだ。
「ここって、そんなことに使っていたのね。知らなかったわ」
「アイラは昔から、ほとんどこの家には来なかったからね」
そんな親子の思い出話を挟みながら研究所に着くと、アンリはウィルやアイラとは別に、実験室へ連れて行かれることになった。当主の求める協力とは、試作品の実験への参加のことだったらしい。
「ちょうど最近、ひとつ有望な試作品が作れたところなんだ。誰に試させようかと思っていたんだが、本人が試してくれるなら丁度いい」
冗談とも本気とも取れる口調の当主に対し、アンリは曖昧に笑みを返す。たしかに、いずれアンリに使う予定の魔法器具をアンリが試すのは理にかなっているのだろう。しかし成長後のアンリの力を抑えられなければ意味がないわけで、たとえ今のアンリの力を抑えられたとしても、それで十分とはならないはずだ。
さすがにその程度の認識は当主にもあるらしい。アンリの指摘に対し、彼はにっこりと微笑んだ。
「どのみち今日の実験データは参考データにしかしないつもりだから、気楽に取り組んでみてほしい」
そもそもアンリ本人が被験者となるのでは、客観的なデータとしては、信頼性に欠けるということらしい。器具を付けてわざと魔法が使えなくなったフリをしてしまえば、不完全で、アンリにとっては有利な魔法器具が完成してしまうというわけだ。
「もちろん、私自身はアンリ君がそのように卑怯なことをするとは思わないけれどね」
「……その信頼って、どこから来るんですか」
「君の仕事ぶりや、防衛局での評判とかからだね」
あっさりと告げられた答えに、アンリは簡単に相槌だけ打って話を終えた。一番気になるのはマグネシオン家の当主がなぜアンリの仕事ぶりや評判まで耳敏く知っているのかということだが、あまり深追いすると聞きたくない話まで掘り返すことになるかもしれない。
「さて、ここが実験室だ。君にはまず、できる限り強い魔法を撃ってもらいたい。そのうえで試作品を装着して、同じことができるか試してもらう。最初の魔法を撃つのに、防護壁は何枚必要かな?」
「百枚破って訓練場を壊して、怒られたことならありますが」
「ああ、聞いたことがある。本当の話だったんだね。悪いけれど、この部屋では八十枚が限界なんだ。それ以上の防護壁は張れないから、部屋を壊さない程度には加減をしてほしい」
「わかりました」
さすがに防衛局の戦闘職員向け訓練場と同じレベルの設備を整えるのは難しいらしい。難しいというより、必要がないだけかもしれないが。防衛局の訓練場でも防護壁を五十枚以上重ねようとするのは、アンリか隊長くらいのものだ。
実験室の入口で防護壁を張るための魔法器具をいくらかいじると、彼はアンリを部屋の中へと導いた。アンリは部屋の端に立ち、奥の的を見つめる。ふと右を見ると、観察用の窓の向こうから、ウィルとアイラが興味深そうに部屋を覗いていた。
そういえば、ちゃんとした重魔法をあの二人に見せたことはなかったっけ。
アンリはこれまでの学園生活を少しだけ思い返した。学園で襲われたときには、敵の真似をして少しだけ重魔法を使った。しかし、二つ三つの魔法を重ねただけだ。もう少したくさん重ねて、二人を驚かせてみたい。
実験室の指定された位置について、通信具を耳に取り付ける。部屋から出て行った当主の合図を待って、アンリは両手の指の一本一本に魔力を集め、重魔法を撃ち出した。




