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学園長や来賓からの長い祝辞を主とした入学式を終えると、生徒はクラスごとに教室へ移動した。
三十人ほどの生徒が入る教室で、担任教師が生徒の前に立つ。アンリのクラスの担任教師は、本当に魔法士科の教師かと疑いたくなるような、筋肉質で大柄な男だった。白髪交じりの黒髪が、五十前後の年齢を想像させる。
「三組の担任を務めるトウリ・ハワードだ。よろしく」
それからトウリが促すままに、クラスメイトたちが次々に自己紹介を始める。
「ハーツ・タカナシです。東の小っちゃな村から来た田舎者ですが、よろしくお願いします」
「マリア・アングルーズ。実家から徒歩で通いまーす。よろしくね!」
「エリック・ロイドレインです。よろしくお願いします」
端の席から順に滑らかに進む自己紹介に、アンリは内心でやや慌てていた。顔見知りばかりの職場にいたせいで、前に自己紹介をしたのがいつかも思い出せないほど、自己紹介の経験がない。自己紹介とはいったい、何を話せばいいのか。
「テイル・ハーバードです。趣味はランニング。朝一緒に走ってくれる人募集中です!」
「セイア・ディケイドです。初等科で一緒だった仲良しが一組になっちゃって、寂しく思っているところです。皆さん友だちになってください。よろしくお願いします」
出身を語る者、何も語らない者、趣味を語る者。人によって内容は様々だ。前の人たちを参考にしようと考えたアンリではあるが、聞けば聞くほど、何を話して良いのか迷ってしまう。迷い、困っているうちに、アンリに順番が回ってきた。
「アンリ・ベルゲンです。ええと、首都出身で、趣味は魔法研究。……ちょっと病気がちであまり初等科に通っていなかったので、友だちが少ないです。よろしくお願いします」
少々長い自己紹介になってしまった。反省しつつも終わったことに安堵したアンリは、そそくさと席に着いて、残りの自己紹介に耳を傾けた。
自己紹介の後は、今後の授業に関するガイダンスだった。魔法士科とはいうが、授業のほとんどは一般教養に関するものだ。一年生の間、魔法に関する授業は週二回の魔法知識の座学のみとなる。皆が楽しみにしている魔法の実践授業は、二年生に進級してから始まる。
誰でも先輩や親兄弟から聞いて知っているカリキュラムのはずだが、アンリにとっては新鮮だった。なるほど魔法士科と言っても、すぐに魔法を使うわけではないのか。一年間も魔法が使えないとは、やや不便にも思う。
手元の資料を元に、その他の細かな説明や注意事項を読み上げた担任のトウリは、最後に生徒を見渡して見て強く念を押した。
「何度も言うが、クラス分けはあくまでも授業をやりやすくするためのものだ。たしかに入学検査の結果に基づいているが、魔法力は今後も変動する。他クラスと比べて卑下する必要はないし、他クラスを見下すなどもってのほかだ。それから、学園内では貴族も平民も関係ない。差別は厳禁だ。肝に銘じておくように」
教室内のそこかしこで、はい、と返事が上がった。アンリは声に出さないまでも、心の中で深く頷く。アンリ自身、魔法力の偽装をして三組となったのだ。ほかにも魔法力の偽装で実力よりも高いか低いかのクラスに分けられている生徒がいたとしても、おかしくはない。
「じゃ、あとは上級生の校舎案内で終わりだ。みんな仲良くしろよ」
初日に授業はなく、ガイダンスの後に上級生による校舎案内があり、それが終われば帰ってよいとのことだ。
教室に入ってきた三人の二年生たちの先導で、アンリを含む三組の生徒たちは、つつがなく校舎探検へと向かった。




