(32)
その前に、と突然口を開いたのはアイラだった。
「お父様。私、知りたいことがあるのよ。アンリが育った防衛局の孤児院だけれど、つくったとき、うちがお金を出したのでしょう?」
「ああ、そうだね。いくらか出資したよ」
「それはいったい、何が目的だったのかしら」
え、そこまで俺のいる今この場で聞いちゃうの……とアンリは内心焦ったが、尋ねられた当主の方は、アイラからそんな質問が出てくることを予想していたらしい。まったくお前は場をわきまえるということをしないのだからと父親らしい苦言を呈したものの、驚いた様子は見せなかった。
「あの孤児院の設立目的は、戦争や災害で孤児となった子供を受け入れることだ。半分は国のお金だから、設立目的を私がほかにでっち上げることはできないよ」
「それなら、マグネシオン家が出資をしたことの目的は?」
「……お前は母さんに似てしつこいね。そうだな、まあ国の役に立とうと思ったんだよ」
そこでいったん言葉を句切った彼は、アンリに目を向ける。そうして再び口を開いた彼は、穏やかに微笑みながら、アンリがまさかと思っていたことを簡単に口にした。
「強い魔力を持った子供が見つかってね。野放しにしては国の危機に繋がるかもしれないから、ちゃんと国の目が届くところに居てほしいと思ったんだ。ちょうど防衛局に孤児院を作るという話が出ていたから、それなら立派な孤児院を建てて、その子もそこで育てたらよい、と。それで、その孤児院の設立に出資をしたんだ」
大胆な物言いに、アンリは最低限の礼儀すら忘れて頭を抱えた。おそらく真実だろうと思ってはいたが深追いしないことにしていた噂話を、まさか本人に肯定されてしまうとは。いったいアイラはそんなことを訊いて何がしたいのか。そして本人は、なぜ隠しもせずにこんな話をしてしまうのか。
穏やかな表情で答えた父親をアイラは強く睨み、声を荒げた。
「お父様っ。いくら国の危機と言っても、それは」
「アイラ。怒るのは私の言い訳を聞いてからにしてくれるかな」
彼は大きくため息をついて娘を諫める。それからアンリに向き直り、穏やかな表情で続けた。
「君はドラゴンを死なせたくないと言ったね。私が孤児院に出資し、魔法無効化装置の研究を引き継いだのも同じ理由だと言ったら、納得するかな」
「……ええ、まあ」
まったく予想していないことではなかったので、アンリは正直に頷く。隣でアイラが、はっと息を呑んだ。
つまりアンリは、拾われたときから危険視されていたのだ。生まれたての赤ん坊にはあり得ないほどの魔力量。これが成長したら将来どうなるのか。この魔力を悪用されれば、国を揺るがす危機にもなりかねない。
……それなら赤子のうちに、処分してしまえばよいのではないか。
さすがに人間の子供相手に正面切ってそんな意見が持ち上がることは無かっただろう。しかし陰でこんな声があがっていても、なんら不思議ではない。それを黙らせる手段。それが孤児院の設立だったのだと、マグネシオン家の当主はそう言っているのだ。
「恩着せがましいことを言うつもりはないよ。どんな理由であれ、大人の都合で君を防衛局に縛り付けていることは事実だからね。しかし、変な噂話ばかり広まっているのは家のためにも良くないし、君ももう、十分に話のわかる年齢になった。ちゃんと話しておくのが筋というものだろう」
変な噂話とは、アンリが防衛局でよく聞いた話だろう。アンリの持つ膨大な魔力を国が利用するために孤児院を建てたという噂……アンリのための孤児院、という点で間違いではなかったのだろうが、設立者の温かい思いと心無い噂話とは、ずいぶんかけ離れていたようだ。
「ちょうどこの家でもアイラが生まれた時期でね。幼い子供をどうこうするなどという意見に、少々腹が立ったんだ。それで、多少強引ではあったが、孤児院の設立を無理矢理に進めてしまった」
魔法器具開発の話も同じだと彼は続けた。アンリの魔力が最終的に、どこまで成長するかは未知数だ。今は通常の魔法無効化装置で事足りるが、いつかそれで不足することがあるかもしれない。そうなったときに誰が止めるのか? 止められないのであれば今のうちにいっそ……そんな馬鹿げた意見を黙殺するための手段として、魔力量にかかわらず魔法を止めることのできる魔法器具の研究を、陰ながら続けているのだという。
「さて、アンリ君。もう一度訊くよ。君は私の研究に、協力してくれるかな」
今の話を聞いて、拒否できる人間がどこにいるだろうか。
自分が説得するつもりでここまで来たはずが、なぜか説得される立場になっていた。そのことに釈然としない思いを抱きながらも、アンリは深く頷いていた。




