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「やあ、アンリ君とウィリアム君だね。アイラから話は聞いている。この子は気難しい子だと思うが、仲良くしてくれているようで嬉しいよ」
アイラの言うとおり、マグネシオン家の当主は気さくで接しやすい人物のようだった。アンリもウィリアムも一応頭を下げたが、貴族の礼儀などは知らない。それでも彼は、一向に気にした様子がなかった。
場所はマグネシオン家の館の中庭。到着して最初は応接間に通されたのだが、当主自ら今日は天気が良いから外で一緒に食事をしようと言い出して、さっさと準備をさせて出てきたというわけだ。
雲ひとつなく晴れ渡った空の下、手入れの行き届いた輝く芝生に用意された、真っ白なテーブルと椅子。豪奢な応接間も落ち着かなかったが、それに比べて簡素な庭でさえ、まるで絵画のように整えられていて、アンリたちが気楽にくつろげるものではない。
緊張に身体を硬くしながら自己紹介をしたアンリとウィルに対して、当主は優しく微笑んだ。
「あまり硬くならずに。私も娘の友人たちとは仲良くしたいんだ。特にアンリ君。君は今日、私に頼みがあってここへ来たのだと聞いているよ」
「あ、はい。実は」
さっそく本題に入れたことに安堵しながら、アンリは洞窟に現れたドラゴンの子供のことを話す。まだ幼いドラゴンを保護して北の山脈へ放っても、死んでしまうかもしれないこと。それならばいっそのこと、今の段階で殺処分してしまおうという意見が、現時点では有力であること。
「……でも俺は、あのドラゴンを死なせたくないんです。ただ、成長したときのことを考えると、このままの状態で保護を続けることもできない。ドラゴンの魔力を抑えられれば良いんですが、普通の魔法無効化装置では、膨大なドラゴンの魔力は制御できません。それで方法を探していたときに、ドラゴンの魔力すら抑えられる魔法器具の研究に、マグネシオン家の方がかかわっていると聞きました。ご協力いただけないでしょうか」
「ふむ、なるほどね」
彼はアンリの言葉を受けて、手を顎に当てて目を伏せ、考え込んだ。いや、実際には考えるフリかもしれない。用件はアイラを通して先に伝えてあるし、天下のマグネシオン家の当主が首都近郊でドラゴンが出現したことについて、知らないはずもない。今悩まずとも、答えは最初から決まっているはずだ。
アンリの推測どおり、当主の悩む時間はそれほど長くはなかった。しかし視線を上げてにっこりと微笑んだ当主の口から出てきた言葉は、肯定や否定の答えではなく、アンリに対する問いかけだった。
「アンリ君は、なぜ私がこの魔法器具の研究にお金を出しているか知っているかい?」
唐突な問いに、アンリは一瞬言葉に詰まる。頷こうかとも思ったが、知っていると言うと語弊がある。気付いている、もしくは想像がついていると言った方がいいだろう。そのうえ、あまり外聞の良い話でもない。それをアンリの想像で語ってしまって良いものか。
黙ってしまったアンリを前にして、彼は面白そうに声を立てて笑った。
「これはすまない、意地の悪い質問をしてしまったね。でも、わかっているんだろう。私はね、いつか君の力が国の制御下に置けないほど強くなってしまったときのことを想定して、君の力を抑えるための魔法器具を開発しておこうと、研究を進めていたんだよ」
意外な言葉にアンリは目を丸くする。想像していたことではあったが、まさか当主自身の口から当事者であるアンリに対して、これほどはっきり告げられるとは。アンリの横で話を聞いていたアイラにしても、先ほどまで想像を元に自身の父親を軽蔑すらしている様子だったのに、今は呆れて蔑むことも忘れているようだ。先ほど事情を聞いたばかりのウィルでさえ、ただ驚いて目を見開いている。
三人の反応を見て、マグネシオン家当主は満足げに微笑んだ。それから笑みを収め、真面目な顔をアンリに向ける。
「驚かせて悪いが、君に隠すのはフェアではないと思ったからね。研究は完成しているわけではないから、私としてもアンリ君の協力はほしいところなんだ。協力してくれるなら、私も君の目的に協力しよう。しかし、私の目的を聞いてなお、それに協力しようと君は言ってくれるかな?」
協力を頼むつもりで来たのに、いつの間にか頼まれる側になってしまった。妙なことになったものだと、アンリは答えに迷ってしばし考え込んだ。




