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次の休みの日。アンリはウィルやアイラとともに、アイラの父親がいるという首都のマグネシオン家の本邸に向かっていた。
「……本邸って、なに」
「マグネシオンの家よ。イーダにあるのは別邸なの。首都よりもイーダの方が暮らしやすいから、私も家族も、イーダにいることの方が多いのだけれど」
一つの家族にいくつも家があるということを身近に知らないアンリとウィルは、呆れて返す言葉も見つけられない。しかしアイラによれば、位の高い貴族であれば、珍しいことでもないそうだ。国政に関わりやすい首都に本邸を持ち、自分の領地や、住みやすいいくつかの街に別邸を持つ。マグネシオン家の別邸もイーダだけでなく、国内各地にあるという。ちなみにイーダにあるマリアの家も別邸であり、本邸は首都にあるらしい。
「最近は仕事が忙しいらしくて、父も本邸にいることが多いのよ。体験カリキュラムの期間中に食事でもって誘われていたから、ちょうど良かったわ」
つい先日、ハーミルから魔法器具研究とマグネシオン家との関わりを聞いたアンリは、すぐにアイラに声をかけた。話を聞いたアイラの行動は早く、その日のうちに父親に連絡をとり、次の休日の昼にと面会の場をセッティングしたのだ。
家族の時間を邪魔して本当に良かったのかとアンリは不安に思ったが、当のアイラには気にした風もない。アンリが目配せすると、ウィルも肩をすくめてみせた。ここまできたからには、過度に気にする方が逆に迷惑になるというものだろう。アンリは大人しく、アイラについて行くことにする。
やがてたどり着いたマグネシオン家の本邸は、アンリの想像を絶する広さだった。まず、門から建物が見えないのだ。門から五分ほどは歩かないと、建物にたどり着かないらしい。これでは日々出かけるのに苦労するのではないかとアイラに尋ねたところ、普段の移動は馬車だから問題ないとの答えが返ってきた。
「考えてみたら、ここの庭を歩くなんて初めてかもしれないわね」
自宅の庭にもかかわらず物珍しげに周囲を見回しながら歩くアイラの後ろで、アンリとウィルは顔を引きつらせる。学園での高慢な態度も頷けるというものだ。住んでいる世界が違う。貴族も平民も分け隔てなくと学園では言われているが、元の生活がこれだけ違えば、その気がなくとも差は出てしまうものだろう。
「あら、二人ともどうしたの? 緊張しているの?」
きょろきょろと辺りに目を遣るついでに振り返ったアイラは、後ろを歩く二人が無表情に黙々と歩いている様子を見咎めた。常識のズレに呆れていたと正直に答えるのも気が引けた二人がただ苦笑して頷くと、アイラは意外そうに眉を上げた。
「アンリやウィリアムでも、緊張することってあるのね。大丈夫よ、父は身分だとか礼儀だとかには頓着しないほうだから。それに、父もアンリには会いたがっているようだったわ。あの孤児院の出身だからでしょうね」
アイラの言葉に首を傾げたのはウィルだった。アイラは何でもないことのように、孤児院の設立にマグネシオン家が出資していることを説明する。やはりアイラは知っていたのかと、アンリはどきりとした。アイラの耳に変な噂まで一緒に入っていなければ良いのだが。
アンリの思いを知ってか知らずか、アイラはわざとらしく不機嫌そうな顔つきで、ようやく見えてきた館を睨んだ。
「あの孤児院をつくる話が出たのは、ちょうど私たちが生まれた頃、つまりアンリが拾われた頃らしいわ。そういえば、今回の魔法器具の研究をうちが引き継いだのも、同じ頃よね。……私も今日、父に訊きたいことがたくさんあるのよ」
マグネシオン家が研究に出資していることは伝えたが、それを始めたのが孤児院の設立に出資したのと同時期であることは話していない。邪推すればできてしまう絶妙な時期。妙なところで勘の鋭いアイラに気付かれないようにというアンリのせっかくの気遣いだったのに、アイラは自分でそれを調べてしまったようだ。
「魔力の多い子供を拾ったから、防衛局で囲い込んで、制御できなければ力を抑えてしまおうということでしょう? それが生まれたばかりの赤ん坊に対して大人がやることかしら。もしも本当に、そんなことを父が主導しているのだとしたら……」
既にしっかり邪推しているアイラを前に、アンリは頭を抱えたい気持ちで、深くため息をついた。あまり問題を大きくしないでほしい。今回は、ドラゴンの子供を抑えるための魔法器具さえ手に入れば、それで良いはずなのだ。




