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実験室の隣に設置された観察室で、アンリは欠伸を噛み殺しながら周りの様子を眺めていた。
試作品の実験など、珍しくも面白くない。
そう思っているのが自分だけであることに、アンリは早々に気が付いた。ウィルやアイラは観察窓から実験室の中の様子を食い入るように見つめているし、ミリーをはじめとした職員の面々までが、心なしか、そわそわと落ち着かなげに実験室の様子を注視している。
「んじゃ、よろしく頼む」
ハーミルが通信具により、実験室の中央に立つ男に声をかけた。ハーミルの声に、男はこくりと大きく頷く。静まりかえった観察室は、これからの実験への期待に満ちている。
実験室に立つのは、今日の実験のために呼んだという、魔力放出困難症を抱える二十代半ばの男性。腕輪の開発実験に参加するまで魔法を使ったことなどなかったはずだが、これまでの実験により魔法の使用にずいぶん慣れてきたらしい。今では腕輪さえつければ、ハーミルの求める水準で放出する魔力量の調整ができるという。改良した器具がどれほどの量の魔力に耐えられるかを調べる今日の実験には、うってつけの人材だ。
「まずは、最低レベルから」
ハーミルの言葉に従って、実験室の男は腕輪を付けた腕をすっと前へ持ち上げた。壁際に立てた的に人差し指を向け、その指先から、細く弱く、水を噴射する。水はぎりぎり的まで飛ぶが、かする程度ですぐ落下した。
「次」
ハーミルの合図で再び水の噴射。今度の水は、的に当たってパンッと音を立てるほどには勢いがあった。水が的に当たるたび、次、次、とハーミルは矢継ぎ早に合図を出す。合図に従って打ち出される水は、少しずつ、少しずつ勢いを増す。
「次」
そしてついに、十数回目の合図で力強く打ち出された水は、ドゴッと派手な音を立てて的を突き破った。
壊れた的を直し、ついでにこれまでの記録を職員たちがまとめる間。今日のところは実験を観察するだけしか役割のないアンリたちは、実験室の片隅で休憩中の男に声をかけた。魔力放出困難症をわずらう彼はシロンと名乗り、アンリたちの友人に同じく魔力放出困難症の女子がいることを知ると、可哀想にと眉を顰めた。
「辛いだろうね。この魔法器具が、早く一般に流通すればいいのだけれど」
彼自身、魔法士科の中等科学園に入学してから魔力放出困難症に気付いたのだという。同級生たちが魔法を自在に使いこなす術を上達させていくなか、教科書を読み、理論を頭に入れるしかすることのない学園生活は、ひどく空しかったそうだ。
卒業後すぐ、魔法とは関係のない事務仕事を見つけて就職した彼は、ようやく魔法を使える友人たちから離れることができて、ほっとしたという。
「友人は皆、いい奴らだったけれどね。困難症を馬鹿にするようなやつもいなかった。でも、僕自身が劣等感を覚えてしまうのはどうしようもなかったんだ」
君たちの友人が同じように感じていないと良いのだけれど……そう控えめに言う彼の言葉に、アンリたち三人はマリアのことに思いを馳せた。普段から元気で明るく自分の感情に正直なマリア。落ち込むこと、怒ること、悲しむことはあっても、全て開けっぴろげに表現するマリアのことだ。アンリたちからすれば、深く悩んでいるように見えることはない。
しかしそんなマリアでも、もしかするとアンリたちに見せない辛さを抱えているのかもしれない。
「ごめん。つまらないことを言ったね」
アンリたちが考え込む様子に気付き、シロンは慌てた調子で言った。それから若い三人を励ますように、明るく微笑んでみせる。
「それでも僕だって、魔法を使ってみたいっていう気持ちはずっと残っていたんだ。だから、この魔法器具の被験者を募集しているっていう話を聞いたとき、すぐに応募した。こんなふうに魔法を使うことができて、本当に嬉しく思っているよ。君たちの友人もこの魔法器具が実用化すれば、きっと喜ぶ」
シロンの浮かべた爽やかな笑顔を見て、アンリは返す言葉を見つけられずに黙りこんだ。
魔力放出困難症を治せたら便利だろうという単純な思い付きから製作した魔法器具。それが他人の笑顔に繋がっているという簡単な事実を、アンリはこのとき初めて実感したのだった。




