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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第2章 体験カリキュラム
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(26)

 青龍苔の採取を終え、ほかに必要な素材をいくつか近場で見繕うと、三人はまた足音を忍ばせながら洞窟の出口へと向かった。努力の甲斐あってか、アンリたちが入ってから出るまで、ドラゴンはずっと眠ったままでいてくれた。




「あのドラゴン、弱ってるんですか?」


 アンリが駐在所の職員に尋ねると、彼は首を横に振った。


「あれは人間で言うとまだ乳離れもしてねえ赤ん坊だよ。赤ん坊ってよく寝るだろ、それと同じだ」


 え、とアンリは思わず声をあげた。身体の大きさから子供だろうとは思っていたが、まさか赤ちゃんだったとは。それにしては大きいようにも思うが。


 アンリの反応に、職員は深くため息をつく。


「おそらく、あのドラゴンは二頭ではぐれたわけじゃなくて……はぐれたドラゴンが産んだ卵から、孵ったんだ。母親が何らかの理由で命を落として、生まれたばかりの子供はその魔力を吸ったから、急激に成長した。ま、そんなとこだろ」


 楽しい話じゃねえよなと言って、彼は肩をすくめた。アンリが何とも返せずに黙っている中で、彼は話を続ける。


「魔力が抜ければ元の大きさに戻るかもしれねえが、あの洞窟にいる限りは無理だろうな。あのでっかい骨のおかげで魔力が濃いから、抜けるどころか増えちまう」


「……食べるものは、どうしてるんですか」


「餌はやってるよ。幸い、身体が大きいからか普通のドラゴンが食べるようなものなら、硬い肉でも食べるようだ。……腹が減ると騒ぐんだよ、わかりやすい」


 洞窟の方で大きな魔力の動きがあった。ドラゴンが目覚めて、洞窟内で激しく暴れ回っているようだ。アンリと同時にその動きに気付いたらしい職員は、やれやれと立ち上がる。


「たぶん目が覚めて、腹が減っているのに気付いたんだろうな。赤ん坊は手がかかる」


 彼はまた、深くため息をついた。それはどうやら、子供に困らされる親の嘆きらしい。


 倉庫に餌を取りに行くという彼と別れ、アンリたちはまた転移魔法で、首都へ戻った。




 夜。研究室でミルナは、アンリの採ってきた青龍苔を検分して大きく頷いた。


「完璧な品質。さすがはアンリくんね、どうもありがとう」


「どういたしまして。でも、俺のためでもありますから」


 傍の椅子でミルナのチェックが終わるのを待っていたアンリは、ぐっと伸びをして大きな欠伸をした。疲れるほどのことをしたわけではないが、普段ならもう寝ている時間だと思うと、心なしか眠く感じる。


「本当にありがとう。これで、色々な実験を中断せずにすむわ」


「……あのドラゴン、どうなるんですかね」


 アンリが振った唐突な話題に、ミルナは驚いた様子もなく、ただ表情を曇らせた。


「昨日も言ったけれど、まだ決まっていないわ。でも、一番有力なのは殺処分でしょうね。近い将来、危険な存在になるとわかっている生物をこのままにしてはおけないから。保護して北の山脈に放っても、生きていけないことが明らかだし……それならせめて今後の研究に役立てようというのは、無情な考えでもないでしょう」


 殺して研究材料にするのが一番安全で合理的だ、ということだろう。そうですよねと同意しながらも、アンリは目を閉じて俯いた。理屈はわかっているが、どうしてもそれを認めたくないと思ってしまう。普段なら、理屈さえ理解すれば、こんなふうに思い悩むことなどないのに。どうしてこんなに受け入れがたいのだろうか。


「……珍しいわね、アンリくんがそんな感傷的になるなんて」


「そんなんじゃないです。ただ、死なせずに済む方法がないかと思って」


 それが感傷的ってことだと思うけど、と呟きながら、ミルナは立ち上がり、部屋の奥の本棚で何やら資料を探し始めた。何をやっているのだろう、とアンリが目を開けて首を傾げつつ待っていると、まもなく彼女は一冊のノートを手に戻ってくる。


「要はあの子を危険な存在にしなければいいのよ。……ドラゴン用の魔法無効化装置の開発に、興味はある?」


 ミルナの問いに、アンリは目を見開く。発想への驚きよりも、彼女がアンリの考えに協力的であることへの驚きの方が大きかった。そんなアンリの反応に、ミルナは苦笑する。


「私だって、悩める若者の助けになりたいと思うことはあるのよ」


 こんな難しい悩み事なんて想定はしていないけれどね、とやや苦い顔をしながら、彼女はそれでもなにやら期待に満ちた目でアンリを見つめていた。

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