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アンリたちの出発は、翌日の夕方、研究室での活動を終えてからとなった。
本当は話をした直後にでも行かせたいと、ミルナは意気込んでいたらしい。しかし、さすがに一般人二人を連れて行くとなると、調整にはそれなりに時間がかかったようだ。
ようやく許可が下りたとのことで、出発前に、四人で寮の食堂に集まった。夕食の時間にはまだ早く、食堂は閑散としている。
アンリ、ウィル、アイラの三人を前に、ミルナはやれやれと首を振った。
「時間がかかってしまってごめんなさいね。いざとなったらドラゴンなんてどうとでもできちゃうアンリくんが一緒だから大丈夫って、私にはわかるんだけれど。うるさい人ってのはいるものね」
とにかく行けることになって良かったとミルナはさっぱりと笑ったが、余計な苦労をかけてしまったようだ。黙って連れて行ってしまえばよかったのかもしれない。
それでも、過程はどうあれ結果が思い通りになったからだろうか、ミルナは大して気にした風もなく、上機嫌に話を進めていく。
「私は用があって行けないけれど、話は通してあるから。洞窟手前の駐在所でこの許可証を提示すれば、スムーズに入れるはずよ」
彼女が差し出したのは、前回野外活動の際に用意されていたのと同様の許可証だ。三人の名前が記されていて、アンリの名前の前には上級魔法戦闘職員という肩書が付いている。
「さすがに今回はアンリくんの肩書を隠すわけにもいかないわ。でも、一緒に行くのがその二人なら隠す必要も無いでしょ。いま駐在所にいる職員も、アンリくんの知っている人だから大丈夫」
ミルナが悪戯っぽく笑うので、アンリは少しだけ警戒することにした。子供とはいえドラゴンがいるとわかっている場所の警備にあたる駐在所だ。レベルの高い戦闘職員が配置されているのだろう。アンリと同じ隊の職員がいるのかもしれない。
ミルナはそれについて詳しく語らずに、話を先へ進める。
「帰りが遅くなるようなら明日の研究室の活動はお休みしてもらっても構わないけれど、どうする?」
「往復考えても二時間くらいで済むと思うので、大丈夫です。二人とも、いいよね?」
ウィルとアイラに伺いを立てると、二人はきょとんとしてアンリを見つめ返した。そんな短時間で済むのかというウィルの言葉に、アンリは説明を忘れていたことを思い出す。
「行きと帰りは転移魔法で行くから、一瞬だよ。採取するものも限られているし、そんなに時間はかからないと思う」
転移魔法は、現在地と距離の離れた目的地とを行き来するための魔法だ。移動魔法よりも長い距離を行き来できるが、使用前に目的地に自分の魔力で印を付けておく必要がある。前回の野外活動の帰りに、採り損ねた素材を近いうちに採りに来ようと思って付けた印が役に立った。
呆れ果てて言葉さえ出ない二人を安心させるため、アンリはできるだけ明るく笑ってみせた。それなのに、二人の表情はいっそう引きつるばかりだ。おかしいな、ミルナがこうして笑えばたいていの人は心を開くのに。ミルナでないと駄目なのかと、アンリは人付き合いの難しさに首を傾げる。
やがて、気を取り直したウィルが口を開いた。
「……転移魔法って、数人がかりの魔力でようやく使えるものだと聞いているんだけど」
「うん? 俺の知り合いは、皆だいたい一人でやっているけど?」
隣でミルナが苦笑しながら「アンリくんの知り合いって上級の人ばかりだから、常識がすっ飛んでるのよ」と補足した。ウィルとアイラが深くため息を吐きながら納得する様子であることに、アンリは一人納得できない思いを抱く。
(一応俺だって、ちゃんと常識も勉強しているつもりなんだけど)
常識とは勉強して身につけるものではなく勝手に身につくものなのだ、という常識は、アンリの中にはまだ存在していないようだった。




