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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第2章 体験カリキュラム
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(22)

 翌日の研究室での活動は、主にデータの書き取りだった。円卓に山と積まれた紙の束から、指定された実験データを抜き出して、指定の形にまとめていく。地味かつ静かな作業だ。黙々と進めていると、時々ミリーが茶々を入れに来る。


「ごめんね、つまらないでしょ。でも、大切な仕事なんだよ。こういう地味な仕事もあるんだなって思ってもらえれば。何かわからないこととかある?」


 単純作業の繰り返しだ。今さらわからないことも何もない。けれどせっかく息抜きに誘ってくれているのだろうからと、アンリは口を開いた。


「作業のことじゃないんですけど。……学園生の俺たちが、こんなにたくさん実験データを見せてもらっていいんですか?」


「ん? ああ、それはいいの。この魔法器具は、そんなに機密度高くないからね」


 防衛局の研究部で行われている実験の情報は、重要性と危険性とを鑑みて、どれだけ外部から情報を秘匿すべきかという機密度が設定されている。この部署で取り扱っている実験データのほとんどは機密度が下の上程度で、一般公開はしないが、職員や協力者などの関係者には開示して構わないという扱いだった。


「学園生たちが出入りするこの時期、機密度の高い実験はそもそも行わないことになっているの。だから、どの研究室に行ってもそういうのは見られないよ」


「どんな研究だと機密度が高いんです?」


「んー、あまり詳しくは言えないけど、新製品の開発とか、武器や防衛用の魔法器具みたいに直接軍事に関わるものかな。アンリ君も詳しいんじゃないの?」


 はて、とアンリは首を傾げた。確かに戦闘部でも、持ち得る情報の機密度は細かく設定されている。しかしそれは他国の軍事情報であったり、テロリストの情報であったりと、明らかに外に漏らしてはまずいと理解できるものばかりだ。


 魔法器具の開発において、どのような器具であれば情報を秘匿すべきか。その分野にアンリは疎い。それでも思い返してみれば、ミルナの実験に付き合う際のことで、思い当たる節はある。


「そういえば、この実験のことは周りには黙っておいてねって、ミルナさんに言われることはありますね」


「…………ミルナさん」


 ミルナのいい加減な物言いに、ミリーはショックを受けた様子だった。こんなことで落ち込んでいたら彼女とは付き合えないぞと、アンリは心の中で指摘する。


「ま、まあとにかく、知られてまずいデータは混ざっていないから安心して。でも悪用したり、横流ししたり、盗用して先に製品化しちゃうとかは、やめてもらえると嬉しいな」


 ミリーは強いて明るい調子で言った。


 彼女の言葉を受けて、アンリは少しだけ想像する。ここで得た情報をもとに、アンリが勝手に同じものを作ってしまえば、借りるだのなんだのと考えなくてもマリアに新しい魔法器具を使わせることができるだろう。


(……いや、無理。さすがに面倒くさすぎる)


 この魔法器具には多数の素材が使われている。バレずに複製するためには、そうした素材を自身で集めなければならない。魔法器具ひとつのために、数十種類の素材を全国各地へ集めに行くことになるだろう。中には採取と精製に時間がかかる希少な素材もあるようだ。とてもではないが、友人のためだからと言って掛けられる手間の範囲を超えている。


 アンリが何を考え始めたかなど気付かなかった様子で自席に戻ろうとしていたミリーが、その途中で、そういえばと振り返った。


「ドラゴンの洞窟にドラゴンが出た話、知ってる? 見てわかると思うけど、その魔法器具の主材料は青龍苔なんだよね。もしかしたら、今後の実験に影響するかも」


 去り際のとんだ一言に、アンリたちは目を丸くして、作業に戻りかけていた手を止めた。三人を代表して、ウィルが口を開く。


「それは……僕たちの活動にも、何か影響のあることですか?」


「うん。ここで使う青龍苔はほとんどドラゴンの洞窟で採ったものなの。ドラゴンが出ると捕れなくなるから、素材の使用制限が出るかもね。そうしたらたぶん、その魔法器具の研究は、いったんストップ」


 もしもそうなったら、ほかの素材でできる研究をするか、別の研究室での研究に参加するか。いずれにしても、今の研究での体験は続けられないだろうとミリーは言った。


「せっかく興味を持ってもらったところを申し訳ないけど、こればかりはどうしようもないからね……まあとにかく、今は心配しても仕方ないから。もうすぐお昼だし、つまらないだろうけれどあと少し頑張って」


 ミリーは眉をハの字にしながら学園生たちを励ますと、今度こそ自分の席に戻っていった。

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