(15)
間もなくやってきたミルナは岩石魔法に拘束されたドラゴンを見つけ、目を輝かせた。
「すっごーい! これ、子供じゃない!? さっきの鳴き声はこの子? 可愛いわね!」
大人に比べれば小さいとはいえ、人の数倍の大きさはある。鳴き声も、破壊力こそないが低く頭に響く声だった。決して可愛いと言えるものではないと思うのだが……そんなアンリの心中も知らずに、ミルナはドラゴンにすり寄るように、その鱗に手を触れる。
しかしあくまで研究者。触れた手は撫でる愛でるというのではなく、鱗をつまんでその厚みを測っていた。さらに顔を近づけて、その色を観察しはじめる。
「ふうん。大人よりも柔らかいわね……大人の鱗は魔力に耐性があるけれど、子供だとどうなのかしら。加工はしやすそうだけど、機能が落ちては意味がないし……」
「あ、あの……ミルナさん?」
「え? ああ、ありがとうね、グライツくん。あなたのお陰で良い研究材料が手に入ったわ」
これほど感情のこもらない言葉というのもなかなかない。
再びドラゴンの鱗に夢中になって周囲を一切顧みなくなったミルナに、グライツは混乱するばかりだ。アンリはグライツに同情し、剣にかけた氷魔法を解いてやった。
それから案の定途中で道に迷ったらしいアイラをアンリが迎えに行って戻って来ると、ようやく落ち着いた様子のミルナは通信具でどこかに連絡を取っていた。異変を感じて自主的に戻ってきたサニアとスグルは、恐ろしさと好奇心の混ざったような目でドラゴンを見つめている。騒ぎ疲れたドラゴンは身動きを封じられたまま、眠そうに目を細めていた。
「すごい。岩石魔法でドラゴンを拘束するなんて。これは、グライツさんが?」
「いや、これは……」
賞賛するスグルの言葉を躱し、グライツはアンリを見た。その動きに、スグルとサニアの視線がアンリに集まる。アンリは苦い顔をして明後日の方向を向いたが、ごまかせるものではないだろう。
「……俺の魔法です。いや、グライツさんならドラゴン退治できるのはわかってたんですけど。でも、生きて捕らえるに越したことはないから」
「「アンリ君の魔法っ!?」」
スグルとサニアが素っ頓狂な声をあげた。ドラゴンを拘束する岩石魔法に目を向けて、再びアンリに視線を戻す。その目は初めてアンリの戦闘を目にしたときの部活動の仲間たちの目によく似ていた。
誤魔化すべきか、いっそのこと全て話してしまうべきか。悩んでいるうちに、通信を終えたミルナが戻ってきて輪に加わった。
「はいはい、皆、ごめんね。まさか本当にドラゴンが出るなんてね。でも、怪我するようなタイミングじゃなくて良かったわ。グライツくんも、アンリくんもありがとう」
それにしても良い素材が入ったわ、とミルナはご機嫌だ。この場をおさめる気がない……というよりも、そもそも騒ぎに気付いていない様子のミルナに呆れて、アンリはため息をつく。
「ひとまずドラゴンをここに残して駐在所まで戻ろうと思うのだけれど。アンリくん、離れてもこの拘束は維持できる?」
「まあ、そのくらいの距離なら」
もはや誤魔化しても仕方がないので、アンリは正直に答えた。一昨日の宿くらいまでの距離なら、離れていても岩石魔法を維持することはできる。
「それならいったん離れましょう。これがドラゴンの子供だとして、親が近くにいないとも限らないわ。駐在所で荷物を回収したらすぐに首都まで戻れるように、戦闘部の人が転移魔法の準備をしてくれるから安心して。アンリくんも一応学園生として参加しているのだし、そのタイミングで誰かに魔法を代わってもらって帰りましょう。何か質問は?」
ミルナはぐるりと全員を見回す。喜びと自信に満ちたその目に、皆、一瞬だけ言葉に詰まる。それでも勇気を出したらしいサニアが「はい」と手を挙げた。
どうぞ、と意外そうにミルナが促すと、サニアは挙げた手を下ろしてアンリに視線を向ける。
「ええっと、アンリ君って何者なんですか?」
「あら? いま説明していたのではなかったの?」
とぼけた調子で首を傾げるミルナの様子に、アンリは頭を抱えた。




