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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第2章 体験カリキュラム
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(14)

 それは既に、洞窟の内部、通路を抜けて明るく広い空間に出たところにまで入り込んできていた。


 その場にたどり着いたアンリが見たのは、見張りをしていたグライツが剣を抜き、それと対峙している姿。そして「それ」は、アンリが想像したとおりのものだった。


「珍しい……初めて見た。ドラゴンの子供なんて」


 薄緑色を基調とした玉虫色に輝く鱗に身を包んだそれは、見間違いようのない、ドラゴンの姿をしていた。しかし、大きさが違う。普通のドラゴンは、小さな個体でも人家くらいの大きさがある。それに比べてこの個体は、四人乗りの馬車ひとつくらいの大きさしかない。


「ア、アンリ君っ!?」


 ドラゴンと対峙していたグライツが、突然現れたアンリに驚いたように声をあげた。その声に反応したドラゴンが、びくりと身を震わせて首を反らせる。大人に比べると小さな翼を精一杯膨らませ、大きくガパリと口を開けた。


 ————————ッ!!


 洞窟中に響きわたった低い轟音は、ドラゴンの鳴き声だ。耳を押さえてそれをやり過ごしたアンリは、興味深くドラゴンを観察した。鳴き声を上げる体勢は、大人のドラゴンとさして変わらない。しかし大人のドラゴンの鳴き声には、聞く者を卒倒させ、ときには命を奪うまでの力がある。それに比べると今のドラゴンの鳴き声は、やや耳が痛くなる程の音量ではあったが、それだけだ。


(子供にはまだ、声に魔力を込めるほどの力はないんだな……)


 アンリはドラゴンの身体を注意深く視る。強い魔力の流れが血管のように網目状に広がって全身を巡り、ドラゴンの身体を満たしている。しかし、まだ大人のドラゴンに比べれば網目は荒く、喉元の声帯には届いていなかった。だから鳴き声に魔力が伴わないのだ。


「アンリ君! 危ないから、下がっていて!」


 ドラゴンと至近距離で対峙するグライツに呼び掛けられて、アンリははっとした。いけない。観察をしている場合ではなかった。


 先ほどの大きな鳴き声にも怯むことなく、グライツは構えた剣をドラゴンに向け続けている。アンリを気にかけてはいるが、その視線はドラゴンから外さない。


 戦闘職員の鏡だとは思うが、今に限っては有効と言えない。ドラゴンは赤い眼で鋭くグライツを、正確に言うと、グライツの構える長剣を睨んでいる。怯えているのだ。


「グライツさん、剣は下ろした方がいいですよ。刺激するだけだから」


「えっ!?」


 アンリの言葉の直後に、ドラゴンが大きく翼を広げた。はばたきの前動作。大人のドラゴンのはばたきには人間の集落ひとつ吹き飛ばすほどの強さがあるが、子供では……などと分析している場合ではない。面積の広い翼には多少なりとも魔力の網目が到達しており、先ほどの鳴き声のような形ばかりの攻撃になるとは思われなかった。


 グライツも、攻撃されることに気付いたのだろう。構えを変えて一歩踏み出し、長剣を振るった。普通ならドラゴンにまで届かない距離。しかし、薙ぐように振るわれた長剣は途中から勢いよく伸びた。伸びた剣の先が、ちょうどドラゴンの首を斬り落とす軌道を進む。


 知能が高いと言われるドラゴンも、あの剣が突然伸びるとは思わないだろう。前のドラゴンも、そうして油断したところで首を獲られたのかもしれない。


 おそらくこのまま放っておけば、ドラゴンがはばたく前にグライツの剣がその首を斬り落とす。アンリの力と身分を明かすことなく解決することができるのだから、その方が都合が良いとも思えるのだが。


(でも、子供のドラゴンなんて珍しいし、もったいないよな……)


 迷ったのは一瞬で、すぐにアンリは魔法を発動した。右手から発動した氷魔法はグライツの剣を覆い、その刃を無効化する。同時に左手から発動した岩石魔法で周囲の壁から岩の鎖を作り出し、ドラゴンの身体と翼を押さえつけた。なかなかの音量の鳴き声も傍迷惑なので、風魔法を使ってドラゴンの頭部周囲の音が、そこだけに留まるようにする。


「……は?」


 突然重みを増して吸い付くように地面に落ちた剣の柄を、グライツはそれでも離さず握り続けていた。しかし討伐対象と見なしていた目の前のドラゴンは、すでに身動きのとれない状態で地に伏している。


 グライツはそのまま、顔だけアンリに向けた。わけがわからない、と言いたげだ。


 今更とぼけることもできず、アンリは首をすくめた。


「すみません、グライツさん。手柄を横取りしちゃって」

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