(13)
薄暗い洞窟は奥に行くにつれて狭まり、緩やかに右方向に曲がっていた。そのせいで入口からの光が途絶え、進むにも戻るにも、手元の魔法器具だけが頼りとなる。
しかししばらく歩いてその暗闇を抜けると、突然、広く明るい空間に出た。天井の高さは洞窟の入り口と同じかそれ以上。そして洞窟を形作る岩盤のどこかに、地上に繋がる穴があるのだろう。ところどころから明るい光が差し込み、空間全体が、それまでの暗闇に比べればぼんやりと明るく見えた。
「ここが、かつて群れからはぐれたドラゴンが住処にした場所よ」
ミルナが辺りを憚るように、やや小さな声で言った。声を落としたくなる気持ちもわかる。広すぎる洞内は静かで、自分たちの立てる音以外にほとんど何も聞こえない。そんな中で声を出すのは、やや勇気のいることだった。洞窟に入るまで続いていた会話も、いつの間にか途絶えている。
「ここからは分かれて探索しましょう。グライツくんはここで見張りを。皆は学年ごとに二人ずつに分かれて、一人にならないようにね。それぞれリストにある素材を探してちょうだい。私も素材探しをするけれど、この辺りにいるから何かあればすぐに声をかけてね」
ミルナの言葉に従って、アンリはアイラを連れて洞窟の奥へ足を進めた。サニアとスグルは洞窟の壁を辿るように、右へ進むことを決めたようだ。
「アイラはどこか、見たいところはある?」
歩きながら、アンリは一応アイラに問うてみる。アイラはやや迷惑そうに眉を顰めた。
「あなたの行きたいところへ行くわよ。初めて来たのに、行きたいところも何もないわ」
アイラの答えに頷いて、アンリはそのまま足を進めた。ゴツゴツとして歩きにくい洞窟の真ん中を、アイラの歩調にあわせてゆっくりと歩く。許可を得たので遠慮なく自分の目的地へ進むが、最低限の気遣いとして説明は忘れない。
「資料に青龍苔っていうのがあっただろ。あれの生えているところが奥にあるんだ。ほかの場所だとあまり取れない素材だから、この機会に多めに採取しておきたい」
一昨日の宿でミルナが全員に配った資料には、ドラゴンの洞窟の概略的な地図と、そこで採取できる主な研究素材の一覧が載っていた。ミルナからは、どれでも良いから資料に載っている素材をひとつでも採取するようにという、大雑把な指示を受けている。
「ほかのものではなくて、青龍苔がよい理由があるの?」
「まあね。ほかのドラゴン生息地にはない、珍しい素材なんだよ」
ドラゴンの落とし物である鱗や牙の欠片、それにドラゴンの生息地に多く咲く龍花などは、ほかのドラゴン生息地でもよく見られるものだ。しかし青龍苔だけは、ほかのドラゴン生息地では滅多に見られない。
その理由もはっきりしているのだが、それは見てのお楽しみにした方が良いだろう。その場所にたどり着いたとき、アイラはどんなに驚くだろうか。そんなことを考えながら、アンリは敢えて説明を簡単なところに留めて、足だけ先へ進める。
(…………ん?)
不意にアンリは立ち止まり、振り返った。すぐ後ろを歩いていたアイラも立ち止まる。何かあったのかと訝しんでアンリの視線を追ったアイラの目に映るのは、これまで来た道のりだけのはずだ。
アンリは遠く、視界に映らない洞窟の外にまで意識を飛ばし、たった今感じた違和感の正体を探った。洞窟の入口に張った警戒用の結界は、まだ反応していない。無意識に感じ取ったのは、おそらくその外側。遠く離れていても感じられるほどの、大きな魔力の揺らぎ。
ドラゴンの洞窟近くで感じられる魔力の揺らぎといえば、それが示すものはただひとつ、ドラゴンの出現だ。しかしアンリは、いまひとつその結論に自信が持てずにいた。
(ドラゴンなら、もっと大きな魔力を感じるはずだ……)
少し迷ったが、アンリは引き返すことにした。何かあってからでは遅い。引き返したいと伝えると、アイラは迷うことなくアンリの判断に従った。
「ドラゴンが現れたの?」
「わからない。無駄足だったら……ああ、いや。無駄足にはならなそうだ」
来た道を戻り始めてすぐ、結界が反応した。巨大な魔力の塊が、洞窟の中に入ってくるのがはっきりと感じられる。しかしそれでも、とアンリは不審に眉を顰めた。たしかに巨大な魔力だ。それでも、ドラゴンに比べると小さい。魔力も、身体の大きさも。
もしかして、とひとつの可能性がアンリの頭に浮かんだが、実際に見てみない限り、判断はできない。
「ごめんアイラ、先に行くよ。来た道を一人で戻れる?」
「馬鹿にしないでもらえる? 気を遣わなくていいから、早く行きなさいよ」
「ありがと。無理しないで、迷ったら大人しくしていて。迎えに来るから」
子供扱いするなと憤慨するアイラをその場に置いて、アンリは大きな魔力を感じる場所へと移動魔法で即座に飛んだ。




