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 イーダの街に着いたのは昼前だったはずなのに、中等科学園の寮に着いたのは夕方、もうそろそろ日も暮れようかという頃だった。距離が遠かったわけではない。単に、アンリが新たな生活に慣れていないせいだった。


 魔法を使ってはならないということは、荷物を縮小する空間魔法も、街の中で自らの位置と目的地とを明らかにする探索魔法も、短距離をぽんぽん跳ぶように進む移動魔法も、一切が使えないということだ。


 体力には自信のあるアンリだが、引っ越しと同等の荷物を背負って地図を頼りに街中を徒歩で迷い歩いたために、寮に着く頃にはへとへとに疲れ切っていた。とどめとして、疲労を軽減する回復魔法も使えない。


「アンリさん、遅かったですね。待っていましたよ」


 ふらふらのアンリを出迎えたのは、白髪を綺麗に結い上げた老齢の女性だった。顔に刻まれた皺のわりに背筋がピンと伸びていて、華奢な体つきにもかかわらず、見る者を緊張させる雰囲気を醸し出している。


「寮の管理を任されているサラサ・イエーテです。寮生活で何かあったら、遠慮なく相談してくださいね」


「アンリ・ベルゲンです。よろしくお願いします」


「疲れたでしょう。部屋に案内しますから、ついてきてください」


 言葉には、大荷物で長旅を経てきたであろうアンリへの気遣いが滲んでいた。外見こそ厳しそうな女性だが、根は優しいのだろうというのが、サラサに対するアンリの第一印象だ。


「こちらです。同じ新入生との相部屋ですから、仲良くしてくださいね。荷物を置いて、六時には入口の横にある食堂へ来てください。夕食の後、寮の案内と規則の説明をします」


 部屋の前に置き去りにされたアンリは、やや緊張しながら、これから自分が暮らすこととなる部屋の扉を叩いた。同部屋となる子がいるはずだ。初対面の相手と話すのは苦手だが、しばらくは初めての相手だらけだろう。ここで怖じ気づいていては、まともな生活もできはしない。


「はーい。あ、もしかしてアンリくん?」


 扉から出てきたのは、薄茶色の瞳と髪色をした、整った顔立ちの少年だった。アンリよりも背は高いが、人懐こそうな笑みを浮かべているおかげで、威圧感はない。


「初めまして、僕はウィリアム・トーリヤード。同じ一年生同士、よろしくね」


 ウィルと呼んで、と気楽に差し出された手をとって、アンリは彼と握手を交わした。ウィルの手を借りて荷物を部屋に運び込む。


 部屋は二人部屋で、机とクローゼットと本棚が二つずつと、二段ベッドが一つの簡素な作りだった。一方のクローゼットと本棚には、すでにウィルの荷物が詰まっている。整頓されている様子に、ウィルの性格を見るようだった。


「僕は一週間前に着いたんだ。勝手にこちらの机と、下の段のベッドを使わせてもらっているけれど、アンリが嫌だったら交代するよ」


「いや、構わないよ。ウィルは到着が早かったんだね」


「まあね。でもたいてい入学式の数日前には入るらしいよ。アンリは最後かも」


「そうなの? 知らなかった。ちょっとばたばたしていて、出発が遅れたのもあって」


「まあ入学式に間に合えば大丈夫だよ。さ、もしよければ荷解き手伝うよ」


 穏やかなウィルの調子に、アンリは安堵した。これならうまくやっていけそうだ。


 孤児院でもやんちゃな年下たちと生活をともにしていたアンリは、共同生活に慣れている。しかし、部屋で快適に過ごすことができるかどうかは、やはり同部屋となった相手との相性によるのだ。


 アンリの荷物は、ほとんどが本などの書物だった。そのことをウィルに驚かれながら荷解きを済ませ、夕食の時間に二人で食堂へと向かった。

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