(12)
日が暮れ、焚火の炎が届く範囲の外は、暗い闇に包まれた真夜中。見張りの当番として焚火のそばに座るアンリは、近くで眠そうに欠伸をするミルナに呆れた視線を向けた。
「ちょっとはそれらしくしてくださいよ」
「無理よ。アンリくんがいるのに、緊張感を持って見張りをしろっていう方が無理」
アンリの結界魔法で、周囲は外敵が近付けないようになっている。鳥獣除けの魔法器具よりも完璧な防御の範囲内にいながら形ばかりの見張りをするのは、確かに眠気を誘う。
ついでに二人の会話を聞かれないように、アンリはテントと焚火の間にも、防音の結界を張っていた。
「腕輪、貸してください。使えるようにしておきます」
「ありがと。これ、やっぱり一回きりなのはどうかと思うのよね。せめて二回……ううん、三回くらいは使えないと、長旅の護身用には向かないわ」
「もう少し大きいサイズでよければ、できると思いますけど」
ミルナの腕輪を受け取ると、アンリは装飾となっている石に人差し指を押し付けた。嵌め込まれた三つの石のうち、外敵の接近を知らせる桃色の石以外の二つは、魔力を貯めておくためのものと、貯めた魔力を利用して迎撃魔法を発動するためのもの。貯めた魔力はだいたい一度の攻撃で使い切ってしまうため、再び使用するにはこうして充填しないとならない。
逆に言えば、腕輪を大きくして石をたくさん取り付ければ、たくさんの魔力を貯めることができるのだ。しかしアンリの提案に、ミルナは表情を歪めた。
「いやよ。可愛くなくなるじゃない。このサイズのまま使えるものを作らないと、女の子には流行らないわ」
「うーん。それなら、もっと魔力を貯めやすい素材を見つけないと……そういえば、ドラゴンの鱗とかどうですかね。魔法の吸収力が高いし、素材としてはいいんじゃないですか」
「いいかもしれないけど、簡単に手に入るものじゃないでしょ。大量生産で商品化するのは難しいわね」
「うーん……でも、一度つくってみたいな。素材さえ手に入ったら、手伝ってくれます?」
アンリは魔力の充填の終わった腕輪をミルナに放った。受け取ったミルナは肩をすくめる。戦闘職のアンリが開発者で研究職のミルナがその手伝いなど、おかしなものだ。しかしこの腕輪でさえ元はそうして作られたものなので、ミルナも文句を言うことはない。
「いいわよ。でも、無茶はしないようにね。鱗を取りに北の山脈まで行くなんてナシよ」
「……流石の俺だって、そんなことはしませんよ」
言葉と裏腹に全く考えていなかったわけではなかったアンリは、ミルナから視線を逸らす。念を押しておいて良かったとミルナは苦笑した。
たまに巷に出回るドラゴンの素材は、はぐれドラゴンのものに限られるため数が少ない。しかし、どんなにドラゴンの素材が高価なものであろうと、わざわざ北の山脈へ出向き、ドラゴンの群れと敵対しようなどという命知らずはいない。
アンリの場合は命知らずでなく、実力があっての思いつきだ。しかしいくらアンリでも、なんの覚悟も無しに行ける場所とは言いがたい。新しい魔法器具ひとつ作るためだけにそこまでの危険を冒す価値があるかと言えば、答えは否だ。
「ま、せっかくドラゴンの洞窟に来たのだし。二年前のドラゴンが落としていった鱗が残っていることを期待しましょう」
「……どこかの素材好きさんが採り尽くしてなければ、それも期待できるんですけどね」
ミルナを揶揄するアンリの言葉に対し、彼女は華麗に無視を決め込んだ。
翌朝、日が昇りきる前に、アンリたちはミルナを先頭にして洞窟へと向かった。テントを含めた荷物の多くは駐在所に置かせてもらったため、背負うのは昼の食糧を含めた最低限の物だけだ。身軽になった分、足取りも軽い。
それでも歩くにつれてゴツゴツとした岩が増え、やがて道無き道を、岩を登るように進まなければならなくなった。険しい山道を登り下りしながら進むこと約一時間。そろそろ誰かが音を上げるのではないかと思われた頃、ようやくミルナが足を止めた。
「皆、おつかれさま。ここがドラゴンの洞窟よ」
地面が露出した崖の一部に、大きく割れ目のような穴が開いている。穴の高さは人の背丈の五倍ほど。幅にしても、六人が全員横に並んでも悠々歩けるほどの大きな穴は、洞窟というよりも単純にそのような地形なのだと言われた方が納得できる。
「こんなに大きいけれど、奥へ行っても行き止まりなのよ。だから洞窟。途中暗いところがあるから、ちゃんと灯りを手に持ってね」
各々、出発前にミルナから支給された暗闇を照らす魔法器具を腕にはめ、洞窟へと足を踏み入れた。




