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夜も更けた頃。ミルナの部屋で、アンリは差し出されたココアを飲みながら手元の資料を顔に近づけた。外に漏れない程度に調節した魔力灯は薄暗く、資料の文字は、近づけないと容易には読めない。
「騎士科の主席卒業生ですか……二十五番隊を連れてドラゴンの洞窟なんて変だと思ってたんですよね」
「まあ、誰でも良かったんだけれどね。アンリくんがいるから」
「そうもいかないでしょう? 俺、ただの学園生だし」
防衛局戦闘部の一番隊に所属する上級魔法戦闘職員のアンリではあるが、その身分は隠して学園に通っている。ドラゴンの洞窟に向かうにあたり、実力のうえで問題がないのは事実だが、外向きに通用するかというと別問題だ。
「だから一応、将来有望な若者を選んでみたのよ。理由もそれっぽいでしょう? なんといっても、ドラゴンスレイヤーだから」
「本人はちょっと後悔しているみたいでしたけど」
「周りの評価は違うわよ。まだ二十五番隊だけれど、じきに一桁の隊に行くんじゃないかって言われているわ。そうしたらアンリくんも、顔を合わせる機会が増えるかもね」
やめてほしい、とアンリは眉を顰めた。素知らぬ顔をして学園生として接しながら、近いうちに同僚として顔を合わせるなんて。
アンリは読み終えた資料を卓に放った。資料には護衛のグライツだけでなく、学園生であるスグルやサニアの成績も記されていた。学年トップの成績というのは伊達ではないらしく、どちらも希代の新入生と言われるアイラに近い実力を持っているようだ。生活魔法をひととおり使えるだけでなく、戦闘魔法も訓練中であるという。
とはいえ、二年生になったばかりの今の時期に、実際に戦闘で魔法を使えるかどうかというと怪しい。何かあったときの役に立つとは思わない方が良いだろう。
「それで、アンリくんから見てどう? ドラゴンの洞窟の探検、やめた方がいいかしら?」
「……別に。そもそもドラゴンさえ現れなければ、安全な洞窟じゃないですか。万が一ドラゴンが出ても、退避すればいいんでしょう? 皆を守りながら保護とか退治とかは厳しいですけど、逃げるだけなら」
「ありがとうっ! そう言ってくれると思っていたわ!」
アンリの言葉にやや食い気味に、ミルナは輝くような笑顔で言った。無邪気で嬉しそうなその笑顔から、アンリは思わず視線を逸らす。あの笑顔に騙されるなと、いつか遠い目をしながら忠告してくれた隊長の言葉を思い出していた。
ミルナは興奮でやや大きくなっていた声を落とし、落ち着いた様子で言葉を続ける。
「アンリくんも知ってのとおり、ドラゴンの洞窟には研究材料が山とあるわ。昔のドラゴンの化石や、ここでしか育たない植物……そろそろ行きたいと思っていたのよ」
ドラゴンの洞窟を含め、近年はぐれドラゴンが発見された場所は危険地域に指定されており、万が一ドラゴンが現れたときに対処できる上級戦闘職員の同行がないと、立入が許可されない。それはミルナのように防衛局に所属する研究員であろうと同じことだ。
だからミルナは研究材料の採取が必要なとき戦闘部へ同行依頼を出すのだが、上級戦闘職員ともなるとなかなか多忙で、そう頻繁に依頼を受けてはもらえない。この半年ほど、ドラゴンの洞窟における研究材料の採取に行けていなかった。
そんなとき、体験カリキュラムという形ではあるが、突然自分の下に上級魔法戦闘職員がやってくることになったのだ。これを利用しない手はないと考えるのは、研究者の性として仕方のないものだろう。
「カリキュラムの後半にも野外活動の予定があるから……そのときには、ほかの危険地域もよろしくね」
ミルナの言葉に強いて答えず、アンリは手元のココアを飲み干してため息をついた。




