(7)
行き先が明かされ、ドラゴンの洞窟で採取できる研究素材の一覧が配られたところでミーティングは終了した。ドラゴンの洞窟まではまだ距離があり、明日も一日歩き通すことになる。今日は早めに休もうと、それぞれ割り振られた部屋へと向かった。
宿の部屋割りは、ミルナにひと部屋、女子生徒二人にひと部屋、男三人にひと部屋。アンリは上級生のスグル、護衛のグライツと部屋に入ると、ベッドに腰掛けて一息ついた。
「グライツさんは、いつから防衛局で働いているんですか」
同じくベッドに腰掛けたスグルが、たまりかねた調子で口を開いた。防衛局で働く若者に興味津々だったのだろう。しかし護衛中の彼に道中話しかけるのも気が引けて、今ようやく機会を得たというところか。
道中では、若いながら無口で表情の少ない男と見えたグライツだったが、宿の部屋でようやく腰を下ろし、夢見る学園生を前にすると、その表情は幾分柔らかく緩んだ。
「一昨年だよ。中等科を卒業してすぐに防衛局に入ったんだ。一年間訓練をして、去年から今の隊に配属されている」
「これまでどんな仕事をしてきたのか、聞いてもいいですか?」
「構わないが、俺は騎士科の出身だ。魔法士科の君たちの参考になるかはわからないよ」
それでも是非にとスグルは目を輝かせ、アンリもあわせて頷いた。実際のところ、アンリにも興味があった。これからの目的地を考えれば、味方の戦力は知っておきたい。ミルナに聞けば教えてもらえるだろうが、本人の口から経験を語ってもらうのが最も掴みやすい。
「実は半年前、別のところでドラゴン退治に加わったことがある。そのときの経験を買われて、今回の任務に就くことになったんだ」
へえ、とアンリは感心して息を漏らした。訓練を終えた一年目の戦闘職員には、たいてい安全地域における警備等、危険の少ない仕事が充てられる。そのなかで訓練を続け、力と経験を付けて一人前の戦闘職員として育っていくのだ。
たしかに安全地帯であっても、警備の仕事をしている限りは突然の危険にさらされることもある。しかし、ドラゴンと対峙することは稀だろう。
「ドラゴンの森と呼ばれる辺りの警邏をしていたんだ。名前に反してここ数十年ドラゴンの出現のなかった地域で、危険地域の指定からは外れたところだ。ところが半年前に、突然一頭のドラゴンが迷い込んでね」
そういえば、とアンリは記憶を辿る。半年ほど前に東の方の森で、ドラゴンの出現情報の報告があった。幸いにもアンリの耳に情報が届く頃には既に討伐されていたようで、駆り出される羽目にはならなかった。
「小型のドラゴンだったが、ひどく暴れていて……保護できれば良かったんだろうが、その余裕はなくて、この剣で首を切り落とした」
グライツは腰から外して脇に置いた長剣の鞘にそっと手を触れる。その表情は、やや憂いを帯びていた。はぐれドラゴンは、出現したら保護して北の山脈に放つのが一般的な対応となっている。それを保護できずに討伐してしまったことに、責任を感じているのかもしれない。
しかし、そもそも討伐することができたというその事実に、アンリは目を見開いた。
「その剣で、ですか……? ドラゴンの鱗は、普通の剣だと通らない程に硬いのに」
「ああ、この剣は特別製なんだ。魔力を通すと、どんなものでも斬れるようになる」
「えっ! グライツさんは騎士科なのに魔法が使えるんですか!?」
グライツの言葉に強く驚きの声をあげたのはスグルだ。アンリはといえば、最初からグライツの中の魔力を感じ取っていたため、それほど驚きはしなかった。魔力を扱う力を持っていても、剣の方が得意だと思えば騎士科に行くことはある。
スグルの反応に、グライツは肩をすくめた。
「魔法士科出身の人は、よくそういう反応をする。別に魔法が使えるからって、魔法士科に行かなければいけないという決まりはないだろう? まあ、俺は魔力の器が小さくて、魔法士科に行ってもろくな成績を残せそうになかったから、騎士科にしたんだが」
「それにしても、すごいですよね。暴れるドラゴンの首を斬るなんて、剣が良くてもなかなかできることじゃないでしょう?」
アンリが話を戻すと、グライツはやや得意げに笑ってみせた。
「まあね。俺、一応、騎士科を主席で卒業してるから」




