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アンリたち中等科学園生は、防衛局研究部職員の寮の一角に部屋を得た。二人にひと部屋ということで、アンリの同室はウィルになった。
夕食の前に部屋に荷物を運び込む。部屋は学園の寮よりもやや広いだけで、ほとんど似たようなつくりだ。なんの打合せもなかったが、自然と二段ベッドの上をアンリが、下をウィルが使う流れになった。
「ウィルと同じ部屋なんて、いつもと変わらないな」
「まあね。でも僕は嬉しいよ。アンリと一緒だと助かる」
何が、という問いを発する前に答えはすぐに知れた。ウィルは旅行の荷物の中から、このカリキュラム中に取り組むようにと先生から渡されていた教本を取り出している。
一ヶ月、通常の授業を休むのだ。その間の授業で学ぶはずだった内容を自習しておくようにと渡されたもの。帰ってすぐに教本の内容で小テストをすると予告されている。テストで理解度を示せなければ、その後一ヶ月間、有難くも担任のトウリ直々に、毎日補習を行ってくれるのだという。
「先輩たちとは勉強の範囲が違ってしまうけれど、アンリとなら一緒に勉強できる」
「ええ……俺、勉強したくないんだけど」
「教養科目はそうもいかないだろう」
ウィルに指摘されて、アンリは苦い顔をする。魔法戦闘職員として必要となる特定の分野では教師をも上回る知識を持つアンリだが、歴史や文学、芸術などの教養科目の知識は決して豊かでない。むしろ初等科を無視して生きてきた分、苦手な分野だ。
「別に俺は、補習でもいいけど」
「補習になったら部活動に行けないだろう? マリアたちが悲しむよ。ただでさえ一ヶ月も空けるのに」
体験カリキュラムで首都にいる間は、魔法研究部の活動に参加することができない。当たり前のことのはずだが、先週になって初めてそれに気付いたときのマリアの反応は、それは騒がしいものだった。あれを繰り返すのは……とアンリは苦い顔をさらに渋くする。
「ほらね。ちゃんと勉強して、テストで終わらせたほうが楽だよ」
「……はあ。まあ、仕方ないか」
アンリがため息とともに諦めを吐露すると、ウィルはむしろ、より笑顔を輝かせた。
しまった、とアンリはまた渋面をつくる。どうやらまた友人に嵌められたらしい。
「そんな顔するなよ。協力したいだけだ。教養科目のわからないところは手伝うから、僕には魔法科目のことを教えてよ。あ、できれば魔法の実践訓練も続けたいな」
簡単に諦める前に、もっと条件をつり上げておけばよかった。後悔しながら、それでも自分にとって悪い条件ではない話に、アンリは肩をすくめて同意した。
食事は研究部職員寮の食堂を、職員たちに混ざって使わせてもらうことになる。
初日は食堂の案内も兼ね、ミルナの引率で中等科学園生はまとまって夕食を摂ることになった。ウィルとともに食堂にたどり着いたアンリは、そこで非常に気まずい思いをすることになる。
(視線が……居辛い…………)
研究部職員用のはずの食堂の半分が、なぜか戦闘部の職員で埋まっている。アンリの顔見知りの職員ばかりだ。どうやら今日から研究部職員寮に泊まり込む学園生の中にアンリが紛れ込んでいるということが、戦闘部内で周知されていたらしい。
ご丁寧にアンリが上級魔法戦闘職員という身分を学園内では隠しているという事実まで周知されているようで、おおっぴらに話しかけてくる同僚はいない。それでも友人と話しているところを興味津々といった様子で気にされていては、食事も喉を通らない。
どうせアンリに同年代の友人ができたという事実を確認したいだけの優しい同僚たちなのだろうが、だからと言って、その行動を許せるほどアンリの心は広くなかった。
「どうしたの、アンリ。具合でも悪い?」
何も知らずに隣で食事をするウィルが、食事の手が止まったアンリを気遣った。彼の言葉をきっかけに、アンリは苦笑し、ため息交じりに呟く。
「ちょっと……虫が五月蝿くて。重魔法とかやったら、追い払えるかって考えてたんだ」
「虫?」
発言の意図がわからず、曖昧に笑ってきょろきょろと辺りを見回すウィル。一方で、発言の意図を正しく理解したらしい周囲の戦闘部職員たちは、慌てた調子でがたがたと席を立った。アンリの呟きは、うまく脅しの役割を果たしたらしい。
(呟きまで聞き漏らさないとか……あいつら今度、本当に重魔法見舞ってやろうかな)
学園生たちが明日からのカリキュラムへの期待と少しの不安に胸を高鳴らせるなか、アンリはひとり、参加することを選んだ自分の決断を後悔しはじめていた。




