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上級魔法戦闘職員が今さら中等科学園に通う意味  作者: 南波なな
第2章 体験カリキュラム
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(2)

 アンリたち体験カリキュラム参加者の乗った幌馬車は、大都市イーダから首都へと向かう街道を、三台連なってゆっくりと進んでいた。


 体験カリキュラムの参加者を決める審査から約半月。ついに出発する日がやってきた。アンリを含めた一年生三人、二年生十三人の計十六人は、今日一日をかけて首都へ向かい、明日から一ヶ月の職業体験に臨むことになる。


 馬車の中では期待に胸を膨らませた若者たちが、初日の旅を楽しむように会話を繰り広げていた。


「アンリ君は首都の出身なんだよね?」


「はい。と言ってもあまり家から出ないタイプだったので、道案内はできませんが」


 インドア派なんだね、と明るく相槌を打つのは二年生のサニア・パルトリ。赤みがかった金髪を背中まで真っ直ぐにのばした、お嬢様然とした先輩だ。


「私はお買い物が好きだから、大きな街に住んでいたらすぐに外に出かけちゃいそう」


「イーダでも?」


「そうしたいんだけどね。お小遣いが限られているから、そうもいかないの。でも今回は成績上位に選ばれたご褒美をもらったんだ。体験期間中でも自由時間はあるでしょ? お買い物したいなあ」


「あら、やめた方がいいわよ」


 サニアの期待に横から水を差したのは、引率を担当する国家防衛局研究部職員のミルナ・スティール。ありふれた防衛局事務員の制服に身を包んでいるものの、その着こなしと、流行りのアップスタイルに整えられた髪型、仕事に支障のない程度の化粧とアクセサリーに、彼女の有り余るファッションセンスが現れている。


「首都は政治と軍事の街よ。洒落た商店なんてありはしないわ。お買い物なら、イーダでしたほうがよっぽど有意義」


「そうなんですか?」


「そうよ。私も買い物はイーダに出張があるときって決めているの」


 赤い口紅の輝く唇が、優しい弧を描いた。その美しい笑顔に、同乗している生徒たちは男女問わず、恋したように、あるいは思慕するように見惚れた。ひとり、アンリを除いて。


(実習生相手にもやるのか……)


 妖艶に誘う大人の笑みにも、優しく包み込む母の微笑みにも、無邪気に楽しむ幼子の笑顔にも見えるミルナの表情は、防衛局では「新人落とし」と呼ばれている。


 新たな仕事に就いて不安だらけの新人は、この笑顔と優しい言葉に心を開き、しばらく彼女の言いなりになる。多少無茶な「お願い」も彼女の口から発せられたなら、簡単に引き受けるようになるのだ。


 それが彼女の思惑なのだと気付いて目が覚める頃、彼女は次なる新人に狙いを移している。彼女の属する研究部ばかりでなく、戦闘部においてまで、毎年およそ三分の一の新人が被害に遭っているというのだから呆れたものだ。


 ちなみに当の被害者たちは後から振り返り、彼女の無茶な「お願い」の恐ろしさに打ち震えるらしい。それと同時に自らの行いを悔い、恥じて口を閉ざすのだとか。いったい何をさせられているのか。


 藪をつつかぬように、アンリは黙って見守ることにした。どのみち一ヶ月という短く限られた体験期間だけのことだ、大した被害が生じるわけでもないだろう。あのアイラ・マグネシオンまでが尊敬の眼差しをミルナに向けているのには驚いたが、それも見なかったことにして、ただ景色に目を向けた。


 政治の中心地である首都と、その首都から最も近くに位置する大都市イーダ。二都市を繋ぐ街道は幅広く均されており、馬車がスムーズに進み、すれ違えるようになっている。街道の左右には草の生い茂る平原が広がっており、遠くになだらかな丘が連なっている。平原と丘の所々に黒い塊のように見えるのは森で、たまに凶暴化した動物がそれらの森から生まれると聞くが、見晴らしが良いおかげで街道に被害が出る前に退治されるのが常だ。


 隠れるところもない道では、盗賊の被害も少ない。国内で最も安全な街道と言われており、馬車の行き来も多い。そんな道をイーダから馬車で一日かけて進めば、首都にたどり着く。


 これほど安全でのんびりとした旅は、アンリにとって初めてだった。イーダの学園に入学するときも、魔法を使って飛んで行ってしまったので、ゆっくり景色を眺めることはなかった。戦闘職員としての出張の際も、移動はたいてい飛翔魔法だ。


 移動に時間をかけるということを知らなかったアンリは、ほとんど初めての気持ちで馬車に揺られながら、これも悪くはないと微笑んだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 実習の内容が楽しみです。 [一言] 更新嬉しい。
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