(6)
スチュアートに対するミルナの話は簡潔だった。
「この子の魔法器具に関する技術と発想力はピカイチよ。是非とも特別待遇で防衛局に入れたいのだけれど、どうしても実績が足りないの。それで、スチュアートさんにご協力いただけたらと思って」
これからアンリの開発する新商品を、この魔法器具店に置いて販売してくれないか——ミルナがそれだけしか言わないので、さすがにスチュアートも困惑した様子で眉を寄せた。
「ええと、ミルナさん。あなたを疑うわけではありませんが、彼の技術がピカイチだと言われましても我々には……」
「大丈夫、すぐに証明できるんだから」
にやりと面白そうに微笑んだミルナが、アンリに意味ありげな視線を向けた。何を求められているかわからずにアンリがまごついていると、小声で「何でもいいから、簡単な魔法器具を一つ作ってみせてあげて」と促される。
つまり、ここで魔法器具製作の実演をしろということらしい。
他人の店の応接室で勝手に魔法器具作りなど始めてよいのだろうかと困惑しつつも、アンリは空間魔法で魔力石を三つ取り出した。スチュアートに止める気配がないことを確認して、そのまま作業を続ける。
いつものように魔力石を宙に浮かせて、そのまま加工を始めた。一つは砕き、一つは溶かし、一つは削る。他人の部屋なのでいつもよりも慎重に、破片を床に落としたりすることのないように気をつける。
「……ええっと、魔法補助具とかでいいですか」
「ええ、もちろん」
アンリが誰にともなく問うと、当たり前のようにミルナが胸を張って答える。本心ではスチュアートからの答えをもらいたかったのだが、仕方がない。スチュアートは黙ったまま宙に浮いた魔力石をまじまじと眺めている。文句を言う様子がないので良しとしよう。
作るのは魔法補助具。少ない魔力でも強力な魔法を使うことができるようにするための魔法器具で、ごく一般的なものだ。
砕いたり溶かしたりした魔力石を練り合わせながら、アンリは空間魔法で別の石を取り出した。今度の石は魔力石ではなく、加工した魔力石を嵌め込むための、ただの石だ。魔力石だけで効果を発揮するよう作ることもできるが、さすがにそれで魔法器具と呼ぶのは乱暴だろう。道具として使いやすい形状を整えるのも、魔法器具作りでは重要だ。
腕輪の形に加工した石に、加工した魔力石を嵌め込む。腕輪の大きさに合わせて魔力石は小さく三分割して、腕輪の飾りにも見えるように取り付けた。
完成させた魔法補助具を、卓上に下ろす。
「……出来上がりました」
作業が終わったにもかかわらず、周りはしんと静まりかえっていた。可であれ不可であれ、アンリとしては何かしらの評価がほしいところではあるのだが。
と、そこまで考えて、はたと気がついた。
「すみません、このままじゃ性能がわからないですよね。どうしましょうか……俺がテストしても、あんまり意味はないと思うんですけど」
「えっ。あ、ああ、そ、そうですね」
アンリの言葉に、それまで黙っていたスチュアートがはっとした様子で口を開いた。商品を試すための部屋があると言って、慌ただしく立ち上がる。ぎこちない足取りで部屋を出るスチュアートの後ろを歩きつつ、アンリは隣を歩くミルナを見遣った。
「……大丈夫ですかね」
「大丈夫よ。彼は一流の商売人だから。きっと、アンリくんの力に驚いたんでしょう。少しすれば冷静になるわ」
小声で問うアンリに、ミルナはにやにやと笑みを浮かべながら答える。
そうなのだろうか——ミルナのことを疑うわけではないが、慌ただしい足取りで歩き、何もないところでつまずきそうになっているスチュアートを見ると、アンリの不安は消えなかった。
アンリの不安をよそに、その後の話はとんとん拍子に進んで行った。話の早さにアンリは目を回しそうになったが、ミルナにとっては予想通りだったようで、始終得意げに、にこにこと笑っていた。
まずスチュアートに連れて行かれた先は、職業体験のときに新製品の性能確認に立ち会わせてもらった場所だった。倉庫のように広く、しかし倉庫と違って棚や商品は全く並んでおらず、開けた空間になっている部屋。
部屋に着く頃にはスチュアートも落ち着いたようで、しゃんとして足取りもたしかになった。店長らしく威厳のある様子で近くにいた店員にアンリの魔法器具を試させると、その成果を見て上機嫌に頬を緩ませた。
「製作工程も素晴らしいものでしたが、性能も申し分ございません。ミルナさんがピカイチと仰るのも頷けます」
そうして再び元の部屋に戻ると、話はすぐに今後のことへと移った。
アンリが開発、製作した品は、物が何であれ店頭への陳列を前提に協議に応じること。数量や金額は開発した製品によるが、アンリに不利となる協議とはしないこと。そして、製品の販売がアンリの経歴において有益な実績となるよう協力すること。
こうして話はアンリにとって都合の良すぎる条件で進んでいった。ただし、同時に頭を抱えるような問題も判明した。
「ミルナさんはご存知かと思いますが、我々の店では、発売した商品の継続的な提供と、販売後の保守を重視しております。アンリさんには販売開始後も長く商品の製作に関わっていただきたいのですが、よろしいですか」
この確認に、アンリは簡単に頷くことができずに言葉を詰まらせた。
そういえば以前、魔法工芸品や魔法器具を扱う工房付きの雑貨屋でも、同じような話を聞いた。客が同じ製品を長く使えるように、あるいは一度使って気に入った製品を再び購入できるように。たとえ工房の職人に交代があったとしても同じ質の製品を作り続けられるように、製作工程は統一しているという話だった。
この店でも同じことを求めているということだろう。
アンリとしても、開発し、売ってもらうことになった商品を中途半端に放り出したいわけではない。しかし製作の継続を約束することもできない。
「その条件は、難しいわねえ」
言葉に詰まったアンリの代わりに、ミルナが言った。
「最初に話したように、アンリくんにはこれから私たちのところで働いてもらいたいのよ。魔法器具の製作が全くできないということはないでしょうけれど、約束はできないわね」
たまに時間の空いているときにつくれば良いという程度であれば、防衛局の仕事と並行してもできるだろう。けれども、もしも売れ行きが好調で、数を多く作らなければならなくなったら。あるいは修理や調整の件数が予想以上に多かったら。
そもそもアンリは戦闘部と研究部の兼職を希望しているのだ。これ以上やるべきことが増えるのは困る。
ところがスチュアートはミルナの答えを予想していた様子で、冷静に「それでは」と続けた。
「開発後の製作や保守を、どこかの工房に委託するというのはいかがでしょうか。防衛局さんでも、よくそうしていらっしゃるでしょう」
「そうね。それが一番だとは思うのだけれど……」
それまで上機嫌な笑顔を崩さずにいたミルナが、ほんの少し眉を歪めた。
「この子のあの技術を再現できる工房があるかどうか。それだけが心配ね」
ミルナが何を心配しているのかに考えが至って、アンリは頭を抱えた。
これまでアンリが開発に携わった魔法器具の多くは、防衛局での改良を経て世に出ていった。そして改良の際に最も苦労するのが、その魔法器具を他の工房でも作れる仕様にすることだと聞いたことがある。アンリの魔法器具製作の方法が特殊すぎて、普通では真似ができないというのだ。
アンリとしてはそこまで特殊な作り方をしている自覚はないのだが。しかし、できないと言われてしまえば仕方がない。
「アンリさんには、どちらか工房の心当たりはありますか」
スチュアートから尋ねられて、アンリは肩をすくめた。これまで開発したものの改良や販路の調整は、すべてミルナに任せてきた。アンリ自身にツテなどあるわけがない。
ミルナに目を向けると、彼女も困った様子で眉を寄せている。
「アンリくんの作ったものをそのまま再現できる工房なんて、私にもあてはないわ。防衛局で扱うっていうのも……今回はそもそも、防衛局から距離を置くためにスチュアートさんにお願いに来ているんだから。本末転倒でしょう」
ミルナの答えを聞いて、スチュアートも眉を寄せる。困りましたね、としばらく顎に手を当てて考え込む様子を見せていたが、やがて諦めたようなため息をついて「まあ良いでしょう」と、やや明るい声で言った。
「アンリさんはまだ、何をどう作るかも決めてはいらっしゃらないのですよね。であれば、この件は保留にしましょう。開発したものが近場の工房などで扱えるものであれば良し。そうでなければ、その時点で、その後の取り扱いについて相談しましょう」
「……いいんですか、そんなに簡単に」
アンリにとって好条件ではあるものの、ここまで都合よく話が進むと心配になってくる。
しかしそんなアンリの不安を、スチュアートは笑って一蹴した。
「難しく考えなくても良いんですよ。あくまでも、協議の前提の話ですから。実際の条件は、アンリさんが今後、どういったものを作ってお持ちになるかによります」
開発した製品の出来が悪ければ、協議はしても、最終的に店で扱うことにはならないだろう。あるいは製作や保守に関する条件を満たすことができなければ、やはりそのまま店に置くことはできない。
結局のところ、実際に店に商品として並べられるかどうかは、今後アンリが持ち込む製品次第。そして店の求める条件をアンリがクリアできるかによるというわけだ。
「話が好条件に聞こえるのであれば、それは私からアンリさんへの期待の表れと思っていただければ幸いです。何かしらの魔法器具が出来上がりましたら、まず当店へお持ちください。アンリさんのご期待に添えるよう、当店では可能な限り協力させていただきます」
スチュアートとしては、どうやらアンリへの期待と同時に、他の店に取られまいという気持ちも抱いているらしい。
ただの親切心だけでなく店としての打算もあることにむしろ安心しつつ、アンリは改めて、自身の希望する道に進むための第一歩を確実に踏み出せるように、そしてスチュアートや彼を紹介してくれたミルナの期待に応えられるように、まずは良いものを作ろうと決意した。




