(4)
そうと決まれば、まずは何を作るかである。
レイナとの話を終えたアンリは寮に戻るなり、自室の机に向かって色々と考え始めた。
ミルナのところに新しい魔法器具なりアイデアなりを持ち込むにしても、持ち込むものがなければ話にならない。マグネシオン家の研究室にしても、何もなしに「何かやりたいから研究に協力してくれ」と言ったところで、困らせるだけだろう。
まずは、これからどんな魔法器具を作るか、考えるところからだ。魔法器具以外の研究でも良いのだろうが、これから卒業までに何かしらの成果を上げるなら、慣れている魔法器具の開発が一番確実だろう。
とはいえ、これまで思いついた案はその都度ミルナに報告してきた。改めて何かを作るにしても、手持ちの案はない。
(いつもなら、何も考えなくても色々思いつくんだけどなあ)
いざ新たに何かを考えないといけないと思うと、なかなか案は浮かばないものだ。
そうして部屋で机に向かってあれやこれやと悩んでいると、横からウィルが「何してるの?」と手元を覗き込んできた。
「……うーん、設計図を書こうと思って。新しい魔法器具を作りたいんだけど」
「珍しいね、アンリが魔法器具のことでそんなに悩むなんて。まだ真っ白じゃないか」
設計図を描くにあたって机に広げた紙には、まだ一本の線も引いていない。それを見て、ウィルが笑った。
「どうしたのさ。スランプか何か? アンリにもそんなときがあるんだね」
「スランプというか……」
アンリはウィルにも簡単に、ここまでの経緯を説明した。研究部からのスカウトをもらいたいこと。しかしこれまでの魔法器具開発を成果として数えることができず、新たに何か開発しなければならないこと。
しかしながら、いざ新しく何かを作ろうと思っても、何も案が浮かばず困っているのだということ。
説明を聞き終えたウィルは、苦笑混じりに「アンリも苦労してるんだね」と言った。
「なんというか……これまでの成果が無視されてるのは気の毒だけど、そもそも悩みの程度が、僕みたいな一般人からすると贅沢にも聞こえるね」
「え、贅沢?」
「だって、戦闘部からのスカウトをもらっていて、さらに研究部からも欲しいなんて。贅沢じゃないか」
ウィルの言葉にアンリは愕然とした。自身の悩みが、まさかそんなふうに受け止められてしまうとは。
アンリの驚く顔を前に、ウィルは「ま、まあ別に、僕はなんとも思わないけれど」と、慌てた様子で付け足す。
「アンリにはそんな贅沢を言えるだけの実力があるって、僕は知っているし。でも、知らない人にはあんまり言いふらさないほうが……いや、アンリがすごいってことを知らない人は、もうこの学園にはあんまりいないか……」
半ば独り言のように、呟くように言ったウィルだったが、アンリが眉を八の字にして肩を落とすと「そ、それより」と、わざとらしいほどに明るい声を出して話題を変えた。
「魔法器具作りのことだよね。もし良かったら、僕の父と話してみる?」
考えたこともなかった選択肢の提示に、アンリはただ目を丸くした。
次の休日に、アンリはウィルとともに、ウィルの実家に向かった。
「こんなに突然来ちゃって、本当に良かったの?」
「昨日連絡したら、大丈夫だって言っていたから。父さんも、アンリと話すのは楽しいみたいだし」
「それはありがたいけど、ウィルだって勉強があるだろ? 付き合わせちゃって良かった?」
「僕だって息抜きに実家に顔を出すくらいしたいよ。アンリがいると、簡単に家に帰れて助かる」
そんなことを話しながらイーダの街の門の外に出て、アンリの魔法でウィルの家の近くまで飛ぶ。馬車だと半日かかる道のりも、アンリがいれば一瞬だ。確かに、気軽な里帰りには役立っているかもしれない。
家に入ると、ウィルの両親が歓迎してくれた。
「やあアンリ君、よく来てくれたね。それにしても、この間もそうだったが、本当に魔法を使って来たのかい。イーダからここまで、どのくらいで来られるんだ?」
「ええと、まあ、一時間もあれば」
アンリは曖昧に微笑んで、やや誤魔化すように言った。本当は一瞬で来られるが、そこまで言ったら驚かれそうだ。それに、寮からイーダの街中を歩き、門を抜けて人目につかないところまで移動する時間も含めれば、あながち間違ってもいない。
アンリは控えめに答えたつもりだが、それでもウィルの父親は「一時間か。その程度で来られるなんて、すごいなあ」と、目を丸くする。ウィルが苦笑しながら話題を変えるように「すぐに来られるとはいえ、時間は限られているんだから」と、テーブルに着くように皆を促した。
そうして改めて、食事用のテーブルで、アンリはウィルの父親と向かい合った。アンリの隣にウィル。ウィルの母親は「私にはわからない話だろうから」と、三人分のお茶だけ淹れて、どこかへ行ってしまった。
ちなみにウィルの妹のメアリとリリイは、友人の誕生日会に出かけているらしい。メアリがとても悔しがっていた、とウィルの母親は苦笑していたが、何を悔しがっていたのか、アンリは理解できずに首を傾げた。
「さて。それで、アンリ君。魔法器具を作りたいんだって?」
三人それぞれお茶に口をつけ、落ち着いたところでウィルの父親が口を開いた。
「君は、これまでにも魔法器具製作の経験があるとか」
「はい。これまでにも色々作ったんですけど、今度は新しい物を作りたくて。でも、いざ新しい物をと思っても、なかなか案が浮かばないんです」
「ははは、それはそうだろう」
アンリが悩みを吐露すると、ウィルの父親は遠慮もなく声を立てて笑った。そうしてからアンリが困った顔でいることに気づいたらしく、笑いをおさめて「失礼」と咳払いする。
「……君にとっては、重大な悩みだったね。しかし、新しい物を作りたいと思ってすぐに何か案が浮かぶようなら、世の中誰も苦労はしていないよ」
ふとしたひらめきが、新商品開発のきっかけになることはある。しかし、ひらめいたアイデアがすぐに商品につながるわけでもない。ひらめきを検証し、分析し、煮詰め、試行錯誤を繰り返すことでようやく案と呼べるものになる。
その過程の中で、案としてまとまるひらめきはほんの一握り。案とも呼べずに消えていくアイデアが大多数。つい数日前から考え始めましたという程度でその一握りを得ようなどと、元々の考えが甘いのだ。
優しく言葉を選びながらも、ウィルの父親は概ねそんなことを言った。
「だから、すぐに案が浮かばないからと言って焦る必要はないんだよ。もっと時間をかけて、ゆっくりと考えるべきなんだ」
でも、とアンリは食い下がる。
「その、案になる前のひらめきって言うんですか。そういうものも、全然思いつかなくて。何かヒントはないでしょうか」
「そうだなあ……そういうひらめきは、偶然降ってくるものだから。あまり期待するものじゃないよ。それよりも、日々の努力と探究を怠らないことだ」
「努力と探究?」
「何かないかと漠然と新しいことを考えるのではなく、今ある物をより良くするにはどうしたら良いかを常に考え続ける努力。それから、日常の些細なことでも良い、不便だと感じることに対して、何が不便なのか、どうしたら解決できるのかと探求すること。そういう地道な研究活動が、意外にも近道だったりするんだよ」
ひらめきに頼るのではなく、今までの積み重ねの、その次の一段をまた重ねること。あるいは「何か」と漠然と考えるのではなくて、具体的な課題に対する解決策を探すこと。そのほうが大切だ。
こんなふうに説かれて、アンリもはっとした。
言われてみればこれまでのアンリも、何もないところから新しい物を思いついたわけではなかった。魔力放出困難症の人を見て、不便で可哀想だなという思いから、魔力放出補助装置を作った。あるいは元々動物除けの魔法器具を研究していたミルナから「周りの危険な動物の探知もできる小型の動物除けが作れないかしら」とヒントをもらって、探知機能付きの動物除けを作った。あるいはほかにも、幾つかの魔法器具を組み合わせて一つの魔法器具として作り直したことがある。
結局、どの魔法器具も「新しく何か」と考えたり、唐突なひらめきを元に作ったりした物ではなかった。
(……そもそも俺、新しく何か作ろうなんて積極的に考えたことは、今までなかったんだ)
今まで何もしなくても自然と頭に案が浮かんできていたのに、なぜいざとなったら何も思いつかないのか——アンリはそう考えていたのだが、そもそも前提が間違っていたらしい。これまでも、何もないところから突然新しい案が出てきたわけではなかったのだ。その前段となる研究や、解決したい課題がそこにはあった。
「おすすめとしては」
アンリの理解が至ったことを察したのだろう。ウィルの父親は、穏やかな口調で言った。
「日常生活の中で何かしら不便に思っていることや、身近な人が不便そうにしていることについて、どういう魔法器具があれば解決できるかを探ってみることだね。……以前、家庭用の調理器具は見せたかな。あれは、妻の家事を少しでも楽にできないかと考えて作り始めたものなんだ」
身近な問題であれば考えやすいし、自身や身近な者の問題が関わっているとなれば研究にも身が入る。出来上がったときの成果も実感しやすい。
「……ありがとうございます。何でもいいから何か、なんて考えていたのがいけなかったです。ちょっと焦っていたのかも。身近なことで、一から考え直してみます」
「うん、それがいいだろう」
ウィルの父親はにっこりと笑って頷いた。それから「ああ、それと」と言葉を足す。
「最終的には、君の技術を防衛局に売り込むのだろう? それなら、作った物をちゃんと発表する場がないといけないね。お店で売り出すなり、どこかの研究所を通じて防衛局の開発協議会に出品するなり……協議会への出品は少しハードルが高いかな」
なるほど確かに、とアンリは頷きつつ考えを巡らせる。防衛局にアンリの公式記録として認めてもらうには、当然、ただ新しい魔法器具の案を出すだけでは済まないはずだ。
いつもなら何か思いついた段階で試作品を作り、それをミルナのところに持ち込むまででアンリの仕事は終わる。その後も実用に向けて相談があれば協力するが、協議会で高評価を得るための改良や、その後の流通のことは、アンリの知るところではない。
しかし、今回はそういうわけにもいかない。はっきりとアンリの開発した物として扱ってもらうなら、それが世に出る最後まで、アンリ自身が責任を持って関わる必要があるだろう。
(そういうこともちゃんと考えないといけないな……あとで、ミルナさんに相談しよう)
まずは何か作るところからと思っていたが、出来上がってから考え始めるのでは、卒業までに間に合わないかもしれない。作る物を決める前にその後の話などおかしな話ではあるが、ミルナならきっと相談には乗ってくれるだろう。
貴重な助言をくれたウィルの父親に、アンリは改めて深く頭を下げた。




