(3)
ミルナやスズリとの話を終えて、アンリは今後自分の取るべき道について、一晩考えを整理した。
そうして翌朝、アンリは進路についてもう一度相談させてほしいとレイナに申し出た。快諾しつつも「もう何かわかったのか」と目を丸くするレイナに対して、アンリは曖昧に笑って「詳しくは、後で」と誤魔化す。
周りに人のいる教室では、レイナもそれ以上何も言わなかった。代わりに授業後、前日同様に教員室奥の指導室に防音の結界を張って「昨日の今日で何かわかったのか」と、やや訝しむような声をあげた。
「まさか、もう確認が取れたのか?」
「はい。実は昨日、あのあと防衛局に行ってきたんです」
防音の結界内とあって、アンリも遠慮せずに昨日のことを話す。
レイナとの面談後、魔法を使って移動して、すぐに防衛局本部に行って研究部の知り合いに会ったこと。そのまま人事部門に行って、人事担当の職員と話をしたこと。
そして、アンリのこれまでの研究部における魔法器具開発の活動が、公式の記録には載っていなかったこと。研究部からのスカウトをもらうには、それとは別にこれから公式に認められるような成果を何か上げる必要があること。兼務が認められるかどうかは、その条件を満たした上での議論となること。
最初こそ、アンリの話に呆れた様子を見せていたレイナだったが、話が後段に至ると、不愉快そうに眉を強く寄せた。
「というわけで、俺、できれば卒業までに、研究部に認められるような何かを……」
「ちょっと待ちなさい」
何か学園生活の中で研究活動のできる場はないか。アンリがレイナに聞きたかったのはその一点だけなのだが、相談する前に言葉を遮られてしまった。
アンリの戸惑いに頓着せずに、レイナは眉を寄せたまま「君は、それでいいのか」と厳しい声で言う。
「そもそも、君のこれまでの研究成果が認められないということがおかしいだろう。これまで携わってきたという魔法器具開発の実績がなかったことのように扱われて、不条理だと思わないのか」
「それはまあ、思わなくはないですけど。でも俺自身が承諾したことらしいんで、あんまり強くも言えないかと思って」
「承諾といったところで、まだ中等科学園に入る前の話だろう。ものの道理もろくに知らない幼い頃の選択に縛られる必要はない」
はあ、とアンリは曖昧に頷いた。
学園に入学する前だからといって、それほど自分は道理を知らない阿呆だっただろうか。たしかに承諾したことを覚えてすらいないというのは迂闊だったが、それは自分にとって重大事ではなかったからであって、決して幼かったからというわけではないはずだ。
もっとも、それを重大事だと捉えることができなかったことが、そもそも幼いということなのかもしれないが。
「もう少し、自身の研究成果に対する権利を主張しても良いだろうに」
レイナが眉を寄せたまま、憤慨したような声色で言う。
自分のために怒ってくれていると思うと、アンリとしては嬉しくもあり、申し訳なくもあった。なにしろアンリ自身は、この件についてそれほど怒りを覚えてはいないのだ。皆がアンリのことを考えてやってくれたことが、裏目に出てしまっただけ。今回の件は単純に、不幸な事故のようなものだ。
「ええと、まあ、いずれはそうしようとは思います。権利とかはどうでもいいんですけど、また今回みたいなことがあったらつまらないですし」
「権利のことを考えなさい」
「あ、はい、すみません。でもとりあえず、やっちゃったことよりも、これからどうすべきかってところを考えたくて」
アンリが言い募ると、レイナは眉を寄せたまま深くため息をついた。
「……まあ、確かに。起こってしまったことを悔やむより、今後どう動くかを考えたほうが建設的ではある」
苦い様子ながらもレイナが同意してくれたことで、アンリはほっと安堵した。どうやらこれで、レイナからの説教は免れたらしい。
「そう、そう思うんです。で、学園生活の中で研究部に認められるような何かができる場があるかどうか、相談させてもらいたくて」
アンリの言葉に、レイナはいったん間を置いた。しばらくしてから眉間に手をやって寄り過ぎた眉をもみほぐし、改めて深いため息とともに「そうだな」と、諦めるような声音で言った。
「一般的なのは、やはり交流大会だろう。来年の交流大会で合同研究や合同製作を選べば良い。実際、四年生の交流大会での成果をもとに、防衛局からのスカウトを得た例はある」
「やっぱり、交流大会ですか」
レイナの提案に、アンリは頷きつつも顔をしかめた。交流大会というのは、一番予想のできた答えだ。しかし、アンリはできればその選択肢を選びたくなかった。
「ほかで、何かありませんか。俺、できれば交流大会では、こないだのリベンジがしたいんです」
先日の交流大会で、アンリは騎士科のオーティスとともに合同演舞を行った。アンリにとって演舞は初めての挑戦だったが、練習を重ねたことで、本番ではなかなかの作品に仕上げることができたと自負している。
しかしながら、その同じ舞台で、四年生のダリオ・ソルヴィーノとサニア・パルトリの組が、それを上回る演舞——技術力に加えて、発想力においても他に類を見ない演舞を披露するのを見た。
合同演舞という種目は点数制ではない。採点されることはなく、成績に優劣はつかない。それでもアンリは、自分たちの演舞はダリオとサニアの演舞に負けていた、と感じた。
来年の交流大会では、先日の彼らを上回るような演舞がしたい。交流大会では研究発表や製作ではなく、また演舞を選びたいのだ。
アンリの言葉に、レイナはまた顔をしかめた。
「交流大会以外となると、学園の公式な活動としてはなかなか難しいな」
レイナ曰く、学園を通して対外的にものを発表できる場は、交流大会しかないという。各部活動において自主的に外へ出向く場を設けている場合もあるが、そもそもアンリが所属するのは魔法工芸部であり、活動内容は防衛局研究部へのアピールに使えるようなものではない。
アンリの希望に対して、レイナはしばらく考えるような間を置いた。ややあって、気の乗らない様子で「……いっそのこと」と呟くように言った。
「しばらく、時間をおいてみたらどうだ」
「時間をおく?」
「そうだ。非常に癪ではあるが、確かに今の状況で過去の実績を主張すれば、不正を疑う輩もいるだろう。しかしそれも、今だけの話だ。数年も経てば疑う者はいなくなるだろう。いったんは戦闘職として復職した上で、時期を見て研究職との兼務の道を模索してはどうだ」
昨日のスズリと似たような提案だ。スズリによれば復職後に何かしらの成果を上げればという話だったが、たしかに、そもそも過去の実績さえ認めてもらえれば、新たな成果は必要ないのかもしれない。ほとぼりが覚めた頃合いを見計らって、魔力放出補助装置などの過去の魔法器具について、開発者にアンリの名前を加えてもらえば良い。
それが一番簡単な道だろう。しかし、アンリはこの話に首を横に振った。
「卒業までに何とかしたいんです。卒業して防衛局に入るときには、戦闘部と研究部の兼務という形を整えておきたくて」
「何か、急ぐ理由でもあるのか?」
急ぐというか、とアンリは少しだけ口籠る。
昨日、スズリの話を受けて一晩考えた。その上で出したアンリなりの結論だ。
うまく言葉にできるか不安はあったが、黙っていても仕方がない。アンリは思い切って口を開く。
「……ええと、俺、後輩たちに魔法を教えたりとか、色々やっているんですけど」
しどろもどろになりながらも話しはじめたアンリの言葉を、レイナは急かすことなく聞いてくれた。その真摯な目に勇気をもらい、アンリはそのまま言葉を続ける。
「そのほかにも、俺が後輩に教えられることって何かあるんじゃないかと思って。俺も先輩に進路の話を聞いたりとかして、授業の選択のこととか、参考にさせてもらったので」
うまく説明ができずに、アンリはいったん言葉を止めた。レイナは苛立つ様子も見せずに、ただアンリの言葉を待ってくれている。
しばらく考えを整理する間をおいてから「つまり」とアンリは続けた。
「俺も、後輩の手本になりたいんです。戦闘職とか研究職とか、やりたいことがいくつもある場合に、それを全部追いかける道もあるんだってことを、後輩にも示せればいいと思って。それには卒業してすぐに兼務が決まっていたほうが——というか、せめてその道を目指しているっていう姿を、在学中から見せておきたいんです」
アンリ自身の今後の人生を考えるだけならば、兼務などいつから始めるのでもかまわない。卒業後に戦闘職員として働きはじめ、しばらくしてから新たな成果を上げるなり、過去の実績を認めてもらうなりして、研究部と兼務すれば良い。
しかし、今の学園の後輩たちに、そういう道があるということを知ってもらうには。後輩たちの手本となるには。学園にいる間に、その道を示すことが必要だろう。
「それに、もし俺と同じようなことを考える人が今後現れたとして、俺が先にその道をつくっておけば、きっとその道が選びやすくなると思うんです。だから、早いに越したことはないと思って」
思い返すのは、研究部に進むことをためらっていたイシュファーに対して、ミルナが提示した様々な制度のことだ。研修制度であったり、外部で活動するための休職制度であったり。先人たちが様々悩み、考え、願ってきた道を実現するために整備されてきた制度。
数々の制度を知って、最終的にイシュファーは防衛局への就職を決めたと聞いている。これまでに道を切り拓いてきた先人たちのおかげだ。
アンリもそんなふうに、後から来る人たちへ希望を与える存在となりたい。そんな気持ちが芽生えていた。
「とても、良い心がけだ」
アンリの言葉がひと段落すると、しばらくしてからレイナが言った。
「後輩のことや、さらに先のことを考えての行動は素晴らしいことだ。……もっとも、君のような希望を持ち、それを実現できる者が実際にどれほどいるかは保証できないが」
「それは、そうなんですけどね」
アンリは苦笑して頷いた。道を切り拓きたいとアンリは思っているが、切り拓いた道を歩みたいと思ってくれる人がどれだけいるか。その道を歩めるだけの、アンリのような実力を持った者がどれだけいるか。
これまでいなかったらしいことを考えれば、その数は、限りなく少ないだろう。
しかし、ゼロではないはずだ。道があれば、目指したいと思う人も出てくるかもしれない。
「たとえ後に続く人が少なかったとしても、無駄ではないはずなので。俺は、卒業と同時に兼務で防衛局に入ることを目指したいと思います」
アンリが強い決意を込めて言うと、レイナもその思いを真剣に受け止めてくれたようだった。大きく頷くと「では、その手段だな」と話を進める。
「先ほども言ったが、交流大会を選択肢から除くなら、学園での公式の活動では難しい。あと考えられる手段としては、個人的な活動として何かしらの研究開発をして、学園に関わらずどこかで発表するなり売り出すなりといったところか。過去にはそうした活動で、防衛局からのスカウトを得た者もいる」
どこか研究開発に協力してくれる研究所や、その発表の場があればよいのだが、とレイナは唸る。
一方アンリは学園に頼らずに自身で活動するという道が提示されたことに、またしても、目から鱗が落ちるような思いだった。
これから学園生として何かしらの成果を上げるのであれば、それは学園の中のどこかの場であるべきだというような気がしていた。しかし、そもそも元からあてにしていた魔法器具製作の実績にしても、学園外での活動だ。これから卒業までの活動も、学園の内側に限る必要はない。
そう考えれば、これまでと同じようにミルナに新しい魔法器具の案を提供しても良いし、マグネシオン家の研究室を頼る方法もある。レイナを煩わせるまでもない。
何かしらツテがないだろうかと思いを巡らせている様子のレイナに、アンリは「そういうことなら」と声をかけた。
「自分でなんとかできるかもしれません。もう少し、考えてみます」
アンリの申し出に、レイナはやや拍子抜けしたようだった。きっとアンリが学園外のツテもなく困り果てて相談に来たものだと思っていたのだろう。
やや恥ずかしく思いながらもアンリが「どうにもならなかったら、また相談させてもらいます」と頭を下げると、レイナも深くはこだわらなかった。
「まあ、君がそれで良いのであれば。何か困ったことがあれば、また相談しなさい」
その優しい声かけをありがたく思いながら、アンリは指導室をあとにした。




