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ここから第13章です。




 とある日の一日の授業が終わった後、教員室奥の指導室で、アンリは久々に担任のレイナと一対一で向かい合っていた。


 元々、ずいぶん前から予定していた面談だった。アンリの卒業後の進路希望について、交流大会が終わったら報告する約束をしていた。


 本来なら、交流大会が終わってすぐにアンリから申し出るべきだったのだろう。それを、なかなか覚悟が決まらずにずるずると先延ばししてしまっていたところ、ついにレイナに呼び出されたのだ。


 指導室には、わざわざ防音の結界が張られている。ほかの教員に知られたくないアンリの事情に、レイナが気を配ってくれている証だ。


「今日呼び出した用件はわかるかな」


「……俺の進路のことですよね」


 アンリから申し出なかったことを責められるかと思いきや、意外にもレイナの声は穏やかだった。アンリの答えに「そうだ」と頷く様子も淡々としており、怒りや呆れがにじむ様子はない。


 おや、とアンリが意外に思っているうちにレイナは「君の希望進路については」と続けた。


「考えがまとまってから、改めて考えを教えてもらう約束だったな。まだ考えがまとまらないようであれば、それについては改めて別の機会で構わない」


「えっ。じゃあ、何の話なんですか」


 アンリは思わず問うたが、レイナはアンリの驚きを想定していた様子で、「選択肢の話だ」と滑らかに続けた。


「君の交流大会での活躍を見た各所から、スカウトの話が届いている。これが、現在届いているものだ」


 レイナは空間魔法で、どこからか手紙の束を取り出した。三十通ほどあるだろうか。全て封筒に入っていて、封は開けられていない。


「主なものだと、傭兵団や護衛職だな。あと、劇団や曲芸団というのもある」


 手紙のうちのいくつかを持ち上げて、レイナが言う。


「こんなふうに多分野から声がかかるのは珍しい。選択肢が多いということが、君にとって良いことなのかどうかはわからないが」


 いずれにしても最終的にはどこか一つを選ばなければいけないものだ、とレイナは真面目な顔をして言いながら、手紙の束をアンリに差し出した。


「それぞれのスカウト元の条件などは、手紙の中に書いてあるはずだ。最終的に選ばないことになる相手からの手紙にも、目を通すように。断るにしても、礼を失しないように気をつけなさい」


 この全てを開けて読まなければならないのかと、アンリはうんざりした気持ちで手紙の束を受け取る。ぱらぱらとめくって見ていると、ちょうど真ん中のあたりに、国家防衛局からの封書があった。


 アンリがその封書に目を留めたことに気付いたのだろう。レイナが「ああ、そういえば」と面白そうに笑った。


「やはり防衛局からも届いていたね。普通なら採用にあたって必要となる試験での点数だとか、採用後の勤務条件だとか、そんなことが書いてあるものだが。君の場合には、何と書いてあるのだろうな」


 レイナの言葉に誘われるようにして、アンリはその場で手紙の封を切った。封筒には国家防衛局としか書いておらず、戦闘部と研究部のどちらからの手紙かもわからない。先日隊長に相談した内容が反映されていれば御の字だが……とアンリは期待したが、さすがにそこまで上手く話は進まないらしかった。


「ええと……採用試験の受験の有無に関わらず、戦闘部において戦闘職員として採用するって書いてあります」


「試験免除か。珍しいことだが、君なら不思議でもないだろう。……何か不満か?」


 手紙に目を通し、眉を寄せたアンリに対してレイナが首を傾げた。「いえ……」と生返事で応えつつ、アンリは見落としがないか改めて手紙の頭から終わりまで、注意深く読み込む。


(戦闘職員としての採用条件しか書いていない。隊長に話しただけじゃ、やっぱり駄目だったかな。それとも単純な行き違いか……)


「どうした?」


 レイナから重ねて問われ、アンリはようやく顔を上げた。


「いえ。ちょっと、気になることがあったので。……先生、実は俺、もう希望進路については考えが決まっているんです。今、その話をしても良いですか?」


 突然のアンリの申し出にレイナは面食らったようだったが、話を拒むことはなかった。






 防衛局において戦闘部と研究部の兼務を望んでいる——その希望を伝えると、レイナは驚いた様子を見せた。


「研究部か。君が研究職に興味を持っているとは、知らなかったが」


 言われて初めて、アンリはレイナの前で魔法器具製作への興味関心を表に出したことがなかったという事実に気がついた。一年のときに防衛局研究部の体験カリキュラムに参加したことはレイナも承知しているだろうが、ずいぶん前の話だ。その上、あのカリキュラムは防衛局そのものに憧れる生徒が多数参加を希望していた。カリキュラムへの参加は、必ずしも研究職への興味を証明するものではない。


 そのほか研究部のミルナの手伝いをしたり、マグネシオン家の研究室に協力したり、マリアのための魔力放出補助装置を作ったり。そうした活動は全て、レイナの知るところではないはずだ。


 その説明から必要だったか、とアンリは改めて気がついた。


「実は俺、魔法器具製作も結構得意なんです。ちょっと、やってみてもいいですか」


 やってみる、という言葉にレイナは不審そうに眉を寄せる。しかし強いて止められることもなかったので、アンリはそのまま空間魔法で魔力石をいくつか取り出した。いつもやるように、そのまま空中に魔力石を浮かべて削り、組み合わせ、圧縮して小さくして、新しいひとつの魔力石にする。それからまた空間魔法で適当な革紐と飾り用の石を取り出して、いくらか加工して最初の魔力石を取り付けた。


 小さなペンダント型の魔法器具の完成だ。


「マリアが使っている魔力放出補助装置の簡易版です。あれ、俺が作ってマリアにあげたやつなんですよ」


 マリアの魔力放出補助装置は、指輪や腕輪にも形を変えるように作ってあるが、さすがにそこまで再現する必要はあるまい。アンリがペンダントを差し出すと、レイナは呆れた様子でそれを受け取り、目の前にかざしてしげしげと眺めた。


「……たしかに、マリア・アングルーズの使っている物と似ているな」


「同じ物も作れますけど」


「いや、いい」


 同じ物を作って見せないといけなかったかと、アンリが改めて実演のための魔力石を取り出そうとしたところ、レイナはそれを制して手に持ったペンダントを机に置いた。


「今ので十分だ、よくわかった。しかし、防衛局は当然、君のこの技術力を知っているのだろう? 手紙には、本当に戦闘部のことしか書いていないのか。それだけの技術があれば、兼務はともかく、研究部からのスカウトくらいあっても不思議ではないが」


「そうなんですよね」


 アンリが研究部との兼務を望んでいることは、隊長には伝えてある。戦闘部と研究部の兼務というのはアンリも聞いたことがないので、前例はないのかもしれない。それにしても研究部に興味があることを伝えているのだから、ミルナあたりに伝わっていれば、研究部単独でのスカウトくらいはあるものと思っていたが。


「……そもそも俺が研究部に入る気があるっていうことが、伝わっていないのかもしれません」


 研究部に入りたいという意向は、ミルナに直接伝えるべきだったのかもしれない。あるいはミルナに伝わっていたとして、何かしらの支障があって人事部門には伝わらなかったか。まだ話がそこまで追いついていないだけということもあり得る。いずれにしても、確かめてみなければ理由はわからない。


「研究部の知り合いに聞いてみます。そもそも兼務って例がないと思うので、それができるかどうかもちゃんと聞いてみないと」


 そうしなさい、とレイナも頷く。


「希望進路が固まっているのであれば、あとはそれが叶うかどうかだ。早くに決められるのであれば、それに越したことはないだろう」


 レイナの言葉に、アンリは深く頷いた。


 卒業後の進路は卒業までに決まっていればいいというものでもない。決まるのが卒業のぎりぎりになってしまっては、この学園に入学したときのように、また手続きやら引越しやらが慌ただしくなってしまう。


 アンリの知る先輩たちも、卒業のときにはとっくに進路を決めていたし、早い人では四年に上がる前の試験でもう防衛局への入局を決めていた。


 早くに決まっていれば余裕を持って残りの学園生活を過ごせるし、決まった進路に向けて、準備を進めることもできる。


「早めに確認してみようと思います」


「それが良い。確認の結果どうだったか、そして君自身がどうするか、また知らせてくれ。いずれ授業でも話すが、また来年に向けて授業を選択してもらうことになる。それに向けた面談も予定しているから、そのときでも構わない」


 あるいは、とレイナは付け足した。


「学園として、あるいは私が教師として助力できるようなことがあれば、遠慮なく言いなさい。困ったことがあれば、いつでも相談に乗ろう。君がどんな立場にあろうと、この学園の生徒であることには違いない。そのことは忘れないように」


「……はい。ありがとうございます」


 なんと頼もしい言葉だろう。アンリは有り難く思って、深く頭を下げた。

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― 新着の感想 ―
新章楽しみにしてました。 しかも推しのレイナ先生が早速の登場で嬉しいです。相変わらず厳しそうに見えて実はアンリのことを真面目に真剣に考えてくれているだけなのが良くて善きです。 ついに進路の選択という…
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