(34)
ダリオたちの演舞が終わったところで、アンリは騎士科の学園を出て研究科の学園へ向かうことにした。この後、ウィルの合同研究の発表が予定されているのだ。午前中にあったはずのアイラやイルマークの合同模擬戦闘は見逃してしまったが、ウィルの発表は必ず見たい。
最後まで合同演舞を観ていくと言うオーティスとは別れて、アンリは小走りに研究科へ向かった。走らなくても発表には間に合うが、万が一にも遅刻はしたくない。
ところが、急いでいるときに限って、邪魔が入る。
「ちょっと、君。急いでいるところ申し訳ないが」
申し訳ないと思うなら話しかけないでくれと思いながらも、アンリは律儀に足を止めて振り返った。そして、反射的にぴんと背筋を伸ばし、足をそろえて直立不動の体勢をとる。そうやって相対しなければならないと思わせるような雰囲気を、相手が醸し出していたからだ。
しかしアンリにそうさせた当の本人は「そう硬くならないでくれ」と、にこやかに言った。
王宮騎士団の上等な制服を着こなし、立派な階級章を襟元に付けた騎士。先ほど観客席の真ん中で、隊長の横に座っていた男だ。
「急いでいるんだろう。歩きながら話さないかい」
「……何の話でしょうか」
アンリが警戒して短く応じる間にも、男はさっさと歩きはじめた。アンリが向かっていた方角、研究科学園のほうへ。
「先ほどの演舞を観ていたよ。素晴らしい出来栄えだった」
「……ありがとうございます」
優雅な身のこなしでゆったりと歩いているように見えながら、男の進みは速い。合わせて速足に歩くと、先ほどの小走りと同じくらいの速さになる。
「君の魔法も良かったし、パートナーの子の剣舞もかなり洗練されたものだったね。彼はもしかすると、卒業後はその道に進むつもりなのかな」
「いえ、そうではないと聞いていますが……」
言ってしまってから、アンリははたと口を閉じた。友人の進路のことなど、軽々に他人に教えて良いものでもないだろう。
「……わかりません。気が変わるということもあるかもしれませんし」
苦し紛れにアンリが言い直すと、男は「なるほど」と、大きく頷いた。何に対しての頷きなのか、アンリには全くわからない。
「それでは、君の話にしようか。君は卒業後、どういう道に進むつもりなんだい」
「……舞台の演出は向いていないということが、今回の演舞でわかりました」
自分の責任で答えられる質問になったことで、アンリは安堵しながら言った。アンリの答えに、男は意外そうに首を傾げる。
「そうなのかい? 先ほどの演舞での演出は、素晴らしいものだったが」
「魔法が得意なだけですよ。演出の計画は全部オーティス……剣舞をやった、彼が考えてくれました」
アンリが肩をすくめると、男は「そうだったか」と笑った。その表情に安堵のような色が見えたので、アンリは嫌な予感を覚える。しかし、誘われてもいないのに断るのもおかしな話だ。アンリからは何とも言えない。
「君は、どういう魔法が得意なのかな」
男は本題には触れずに、あえて回り道をするような問いを投げてきた。アンリは面倒臭いという思いが顔に出ないように気をつけながら「魔法ならだいたい何でも得意です」と、大雑把な答えを返す。
「演出の仕方を考えるのは向いてないですけど、言われたことを魔法でやるだけならできます。魔法のことなら、苦手なことはそんなにありません」
「すごい自信だな。たしかに、昨日の模擬戦闘での魔法も素晴らしかった」
表情を取り繕うこともできずに、アンリは顔をしかめた。どうやら昨日の試合も見られていたらしい。
「……恐縮です」
「昨日の試合が素晴らしかったから、てっきり君は、戦闘用の魔法が得意だと言うのかと思っていたよ。しかし、言われてみれば昨日の試合も今日の演舞も、君の魔法は完璧だった。戦闘に限らず、何でも得意なんだね」
男は饒舌に語った。本気で褒めているだけなのか、あるいはアンリを持ち上げて何かをさせたいのか、その口調からは判然としない。
男の言葉に、アンリは段々と腹が立ってきた。それでも一応は礼儀を守って黙っていると、男はアンリの不機嫌に気付く様子もなく、にこやかに続ける。
「今日の舞台でも氷魔法や風魔法なんかの戦闘魔法をずいぶん使っていたね。とても華やかで、素晴らしかった。それにしても、昨日も戦闘魔法をたくさん使っていたようだが、君は全く平気そうな顔をしているな。きっと、君の魔力の貯蔵量は……」
「すみません。それで、いったい俺に何の用なんですか」
ついに苛立ちが頂点に達して、アンリは男の言葉を遮った。歩きながらだから時間の無駄はないとはいえ、これ以上、だらだらと意味のない話を聞く気にはなれない。
言葉を止めた男は一瞬だけ面食らったように目を丸くして、それからすぐに「ああ、悪かったね」と、全く悪びれもせずに笑顔で言った。
「すまなかった。息子を負かした魔法士科の学園生がどんな子かと、気になってしまったんだ。他意はない。……まあ、採用担当としての仕事くらいはしないといけないが」
苛立ちのあまり、アンリは男の言葉を聞き逃しそうになった。採用という言葉に反応して、半ば反射的に断りそうになって「俺は……」と言いかけてから、ふと違和感に気づく。
(……息子?)
アンリは改めて、男の顔を見上げた。もう普通の大人と遜色ないほどに背の伸びたアンリではあるが、男はそんなアンリよりも頭ひとつ分背が高い。
真っ直ぐに目が合う形になって、男はにっこりと微笑んだ。
「失礼、名乗っていなかったね。私はレイモン・ソルヴィーノ。この交流大会で優秀な人材を探してくるようにと、上に言われているんだ」
ソルヴィーノという姓に、アンリは聞き覚えがあった。目を見開くアンリに、彼は「昨日の試合は本当に面白かった」と続けた。
「私の息子はなまじ強いものだから、あまり負けたことがないんだよ。君のように強い人に負けたのは、息子にとって良い経験だった。どうもありがとう」
アンリは開けた口を閉じることもできず、かといって言うべき言葉も見つけられずに、ただ呆然と間の抜けた顔を晒した。
どうやら目の前の騎士は、昨日の特別試合の対戦相手であったダリオ・ソルヴィーノの父親であるらしい。
レイモンが言うには、王宮騎士団の騎士が交流大会中に、スカウトを目的に直接学園生に話しかけることはないそうだ。
「私たちだけでなく、防衛局だとかの公的機関も同じだよ。我々はこの大会期間中の様子を視察して、良い人材を見つけたら、後で学園を通じてその子に接触するんだ」
公の機関だからこそ、採用活動には慎重になる。街中で声をかけるような雑なことはしない。そうレイモンは胸を張って言った。
「……ええと、俺に話しかけたのは」
「だから、採用活動ではないんだよ。もちろん後で学園を通じて勧誘はさせてもらうが。君のような人材を見逃したとあっては、職務怠慢だと思われてしまうからね」
はあ、とアンリは曖昧に首を傾げた。街中でスカウトすることが仕事でない以上、こうしてアンリに合わせてただ街を歩いている状況だけでも職務怠慢なのではないだろうか。
いずれにしても、最初に抱いていた警戒心はずいぶんと和らいだ。
ダリオの父親であるとわかったこともあるし、この場で強く勧誘されることがないとわかったことも大きい。
つまりこの人は、隊長と同じなのだ。息子の活躍を見たいがために職権を利用して、交流大会の見学に来た。そこで面白そうな学園生を見つけたから、話しかけてみた。おそらく、それだけのことなのだろう。
昨日のように、わけもわからないまま勧誘されて、断るためにいろいろと言葉を探さなければならないような状況ではない。そうわかって、アンリはほっと息をついた。
「……さっき観客席で、防衛局の人と話していましたよね。お知り合いですか」
「ああ、防衛局と王宮騎士団とでは、組織は違えど多少の交流があるからね。彼とは古くからの付き合いなんだ。……もしかして君は、騎士団よりも防衛局のほうが気になっているのかい」
レイモンは気分を害した様子もなく言った。アンリも遠慮が無くなって「まあ、そうです」と正直な気持ちを口にする。
「俺、騎士って苦手なんですよ。色々と難しい作法とかがあるじゃないですか。戦うときにどうしてそんなに作法にこだわるのかって、思っちゃって。それよりも、ただ戦って勝てばいいだけの戦闘職員のほうが楽だし、俺には向いています」
「ほう」
レイモンは驚いたような、感心したような顔をした。
「騎士や戦闘職員のことをよく知っているんだね」
「…………知り合いがいて。教えてくれたので」
アンリは歯切れ悪く言った。レイモンは「ふうん」と、何やら面白がるような笑みを浮かべてアンリを見つめ、それから「しかし、まだまだ甘いね」と言った。
「君の知識はどうやら少し偏っているようだ。特に、騎士団についての誤解は解いておかないとね。我々は確かに礼儀作法に厳しいが、戦闘職員と比べてこだわっているというほど違いがあるわけではない」
アンリは眉を寄せた。どこがだ、と言い返したい。王宮騎士団といえば王宮の権威の象徴だ。そうあるべく、礼儀作法を厳しく指導されると聞く。その上で、御前試合などの公の場では、その力を遺憾なく発揮する。そして、なぜだかその場にいる騎士以外の全ての者に、同じことを強いる。だから、騎士を相手とした試合は面倒なのだ。
というのがアンリの騎士に対する思いだが、これを言えばまた「よく知っている」などと、余計なことを言われるだろう。仕方なく、アンリは「そうなんですか」と曖昧に相槌を打った。
そうなんだよ、とレイモンは自信に満ちた声で続ける。
「騎士の仕事では王宮や要人に関わることが多いから、もちろん礼儀は大切だ。けれど、それは戦闘職員をしていても同じだよ。公の場ではやはり、礼儀作法が重要になる」
アンリは辟易したような気分を表情に出さないよう、なんとか堪えた。たしかに最低限の礼儀は必要なのだろうが、騎士が現場で求めてくる水準は度を越している。当の騎士にその自覚がないのが腹立たしい。
「戦闘職員のことはその知り合いから教えてもらうと良いだろうが、聞く限り、少々偏りがあるような気がするよ。もし良ければ、一度騎士団に遊びに来ないかい。騎士団のことを良く知れば、君の誤解も解けるだろう」
アンリは今度こそ顔をしかめた。誤解などしているつもりはない。アンリがこれまで戦闘職員として相対してきた騎士たちの印象そのままだ。
そもそも、誤解していたから何だと言うのか。
「……あいにくですが」
苛立つ気持ちを抑えながら、アンリは努めて冷静に、ゆっくりと言った。
「たとえ誤解であったとしても、俺は、騎士になるつもりはありません。卒業後の進路は、もう考えてあるんです」
何事かアンリの気を引くような言葉を続けようとしていたレイモンが「えっ!?」と大きな声をあげて目を見開いた。
「なんだ、そうだったのかい? ……模擬戦闘をやったり合同演舞をやったりと一貫性がないから、てっきりまだ、何も決めていないのかと思ったよ」
そうして彼は「なら、勧誘しても仕方がないか」と、突然、ぞんざいな口調になって言った。
「学園を通して正式にスカウトする前に、少しでも興味を持ってもらいたかったんだけど。意味がなかったかな」
「……はあ、まあ。意味はないですね」
アンリは曖昧に頷く。どうやらレイモンは、息子がどうのという話でアンリの警戒心を緩めつつ、騎士団へ勧誘しようとしていたらしい。よくもまあこれほど堂々と嘘がつけるものだ。アンリは怒ることも忘れて呆れ果てる。責める言葉さえ見つからない。
「さっきの防衛局の奴が、君を今日勧誘するつもりはないって言い切っていたんだ。だから、先手を取れると思ったんだけどなあ」
「はあ、そうですか……ええと、じゃあ、俺、急ぎますので」
レイモンが打ちひしがれているのを好機とみて、アンリはこの場を脱するために、歩を速めようとした。しかしレイモンは「待ってくれ」と追いすがる。
「最後にひとつだけ。君は本当に、騎士になる気はないか。少しでも気になるなら、是非騎士団を見てから決めてほしいんだが」
「騎士になる気はありませんって」
「じゃあ、何になるつもりなんだ。君の考えている将来の進路というのは……」
レイモンは必死な様子だが、アンリは「教えられません」と、きっぱりと言った。
「これまで進路の相談に乗ってくれた人がたくさんいるんです。今日会ったばかりのあなたに話す前に、まず、その人たちにちゃんと伝えないと」
それだけ言うと、アンリは今度こそ足を速めて無理矢理レイモンから距離を取り、研究科学園へと向かった。




