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翌日、いよいよ公式行事の日となった。
公式行事のうち合同演舞は、騎士科学園の屋外演技場で行われることになっている。あらかじめ順番が決められており、自分の番になったら舞台に上がり、練習の成果を披露する。
順番はくじで、三年生も四年生も関係なく一緒くたに決められている。アンリとオーティスの組は今日、つまり初日の午後一番に出番が用意されていた。
午前中には、アンリはオーティスとともに客席に座って、ほかの合同演舞を観た。完成度は様々で、息のぴったり合った美しい演技を披露する二人組もあれば、とにかく公式行事という場をこなさなければならないという義務感だけで仕上げたのだろうと思われる、雑な演舞もあった。
いずれにしても、演舞というものにあまり馴染みのないアンリには、どんな演舞も目新しく、新鮮に感じられた。
「今のは二人とも剣を持って踊っていたね。面白かった」
「でも、魔法の演出が少なかったよ。あれじゃあ魔法士科と組む意味がない」
「そうは言っても、魔法士科だからって魔法が得意とは限らないし」
ひとつひとつの演舞に対して、アンリとオーティスは客席に座ったまま小声であれこれと言い合った。
「今のは魔法が二種類あったよ。きっと、騎士科の人のほうも魔法が使えるんだな」
「魔法が二種類あるなんて、どうやって見分けるんだよ。俺には全然わからなかった」
いくつもの演舞を見ていると、それぞれの違いも目について面白い。剣を手に舞う騎士科生だけが舞台に上がって魔法士科生は裏から演出だけをする組もあれば、騎士科生と魔法士科生の両方が舞台に上がって舞う組もある。演舞といえば剣舞だろうとアンリは勝手に思っていたが、台詞を用いて芝居のような物語性のある作品に仕上げている組もあった。
「演舞って、いろいろなんだなあ」
「うーん、今の芝居みたいなやつは、さすがに特殊だと思うよ」
オーティスの言うとおり、芝居がかった演舞を披露したのはその組だけだった。
午前の最後に演舞を披露した二人組は、魔法や剣技のつたなさを、衣装や小道具でカバーしていた。技術的には上手いとは到底言えなかったが、ひとつひとつの動きは丁寧で、精一杯良い舞台にしようという意欲が見て取れた。
どこかで抜け出して合同模擬戦闘を見に行こうと思っていたアンリだが、気づけば合同演舞に夢中になって、午前中いっぱいを演舞の舞台の客席で過ごしてしまった。昼の休憩に入り、アンリは立ち上がって伸びをする。
「いよいよ俺たちの出番だね」
「アンリ君は全然緊張していないように見えるね」
「うーん。皆の前で何かやるっていうのは、昨日もやったし。オーティスだって、そんなに緊張はしていないだろ?」
オーティスは「そんなことないよ」と笑って肩をすくめた。そうやって笑っていられるくらいだから、緊張していると言ってもたいしたことはないだろうとアンリは思う。
まあでも、とオーティスは改めて言った。
「緊張はしているけど、不安はないよ。俺たちなら、午前中にやったどこの組よりも上手くできる自信がある」
強気なオーティスの言葉に、アンリは嬉しくなって微笑んだ。
「奇遇だね。俺も、同じことを思っていたところだよ」
剣舞も魔法も、上手い組はあった。しかしオーティスよりも剣舞の上手い騎士科生はいなかった。アンリよりも魔法の上手い魔法士科生など、言わずもがなだ。
「きっと、お客さん皆を驚かせるくらい、いい演舞ができる」
アンリの言葉に、オーティスも自信に満ちた顔で頷いた。
アンリとオーティスは休憩中にいったん会場を離れ、近くに出ていた屋台で軽い昼食を取った。
そうして改めて会場に戻ると、舞台袖に集まりつつある午後の出演者たちの中に、小さなざわめきが生まれている。
何だろう、とアンリとオーティスが耳を澄ませてみると「客席の中に」とか「演舞なんて観たところでスカウトは」とか「防衛局の」といった声が聞こえてきた。さらには「王宮騎士団まで」とか「なんで騎士団の人が」という声も聞こえる。
「演舞なのに、防衛局と騎士団の人が来ているってことかな」
オーティスが困惑した様子でアンリに囁いた。周囲の言葉の内容を拾えば、アンリにもそう聞こえる。
アンリは眉をひそめた。隊長が観に来ると言っていたから、そこに驚きはない。それが話題になってしまうのも仕方がないだろう。仕事として来るのだから、制服姿のはずだ。防衛局の上級戦闘職員であるということは、わかる人にはわかってしまう。
しかし、王宮騎士団の人まで観に来るというのは想定外だ。
そもそも合同演舞に出る騎士科生は、剣舞の技術を磨いている。魔法士科生も、舞台での演出のための魔法に精を出しているのだ。そこに防衛局の戦闘職員やら王宮騎士団の騎士やらが観に来るというのは不自然だ。演舞の出来を見たところで、防衛局や騎士団のスカウトの話に繋がるとは思えない。だからこそ、周囲でも困惑のざわめきが起こっているのだろう。
アンリは舞台袖を離れ、客席を覗けるところへ行った。
こっそりと覗き見ると、客席のほぼ中央に隊長が座っているのが見えた。にこやかに、隣に座る誰かと話をしている。
その話している相手が、騎士団の人だった。王宮騎士団の階級章をアンリはよく知らないが、上等そうな制服を見事に着こなしている様子を見るに、おそらくそれなりの地位にある騎士だと思われる。
(誰だろう。……というか、隊長もだけど、目立ちすぎだろ)
客席の真ん中に座る二人。他の観客たちは、遠慮しているのか恐れているのか、二人を遠巻きにしている。結果として、一番観やすいはずの真ん中の辺りに、その二人以外誰も座っていないという状況が生まれていた。
そんな具合で、防衛局や王宮騎士団から観に来ている人がいるというのは一目瞭然だ。だから舞台袖であれだけ騒がれていたのだろう。
ふと、にこやかに笑いながら隣の騎士と話していた隊長の視線がこちらを向いた。アンリは慌てて顔を引っ込め、舞台袖に戻る。どこに行っていたんだ、とオーティスから責めるような目を向けられた。
「俺たちは休憩のあと最初なんだから、そろそろ準備しないと。防衛局だか騎士団だか知らないけど、アンリ君は誰からスカウトされるかなんて気にしないんだろう?」
「ええと、まあ、うん」
「じゃあ、練習どおりにやるだけだ」
オーティスの言葉に、アンリは深呼吸して頷いた。隊長が見ていようが、誰が見ていようが、やることは同じだ。これまでオーティスとともに何度も練習を重ねてきた。その成果を見せるだけだ。
間もなく進行役の教師が舞台に上がり、休憩の終わりを告げるとともに午後の演舞に出る学園生の名前を読み上げた。最初がアンリとオーティスで、その数組後にはダリオとサニアの名前も挙がる。
そうして教師が説明を終え、舞台袖に下がるのと入れ違いに、アンリはオーティスとともに舞台に上がった。
アンリとオーティスが演舞を終えると、客席から大きな拍手が起こった。
演舞前に舞台に上がって一礼した後、裏に回って魔法による演出に集中していたアンリは、演舞が終わって再び舞台に上がり、客席を見渡した。拍手がいっそう盛り上がる。
こんなに大勢が観てくれていたのかと、アンリは目を丸くした。演舞の前に客席を見ていたので、わかったつもりになっていた。しかし、こうして拍手を浴びると、観客の数が倍以上に増えたかのように思える。
これだけ大きな拍手がもらえたのは、アンリたちの演舞の完成度が高かったからだろう。
実際、アンリも今日の本番の出来には満足していた。
演技の内容はもちろん練習していたとおりだった。まずオーティスが演舞用の豪奢な剣を持って舞った。アンリは透明な氷の粒を降らせてオーティスの演舞を飾った。
次いでオーティスは剣を放り投げ、アンリはそれを空間魔法で回収する。入れ替わりでアンリが木魔法で作った剣を放り、受け取ったオーティスは、今度は木剣を手に舞った。オーティスが剣を振るのにあわせて、アンリは舞台上に蔦を生やし、花を咲かせる。観客からは、まるでオーティスが草木を生み出しているように見えたことだろう。
オーティスが木の剣を放れば、次は鉄の剣。次に氷の剣。次に石の剣。そして最後に元の豪奢な剣に戻る。
それぞれの剣に合わせて、アンリはオーティスの演舞を魔法で飾った。最後の豪奢な剣による剣舞では、色とりどりの氷の粒を降らせ、風魔法によりその氷の粒を舞台上に盛大に舞わせることで、オーティスの剣舞を派手に彩った。
全て、オーティスの描いた演出計画のとおりだ。
観客の拍手を浴びながら、アンリはこれまでの練習を振り返る。最初は息が合わないことも多く、オーティスの放った剣を回収しそこねることも多かった。アンリの放った剣をオーティスに受け取ってもらえないこともあった。
それが練習を重ねるごとにタイミングが合うようになり、最近では失敗もなくなった。その練習の成果を本番でもしっかりと発揮できたことが、この拍手に繋がったのだ。
観客の拍手に応じて改めて頭を下げたり手を振ったりしながら、アンリは隣に立つオーティスを窺った。オーティスも満足げな笑みを浮かべている。彼にとっても満足のいく演舞にできたようで、アンリは心の底から安堵した。
演舞を終えたアンリたちは、そのまま急いで客席へと向かった。二組後に予定されているダリオたちの演舞を観るためだ。
客席の後ろのほうに座ったときには、アンリたちの一つ後の組の演舞が終わったところだった。拍手が起こっているが、アンリたちに向けられた拍手ほどではないと思えるのは、気のせいだろうか。
そうしてその組が舞台から下がり、次いでダリオとサニアが舞台上に現れると、客席から、わっと大きな歓声と拍手が湧いた。
アンリは驚いて周りを見渡す。心なしか、観客が増えているように見えた。
「皆、ダリオ先輩の剣舞が気になっているんだよ」
目を丸くするアンリに、オーティスがそっと言った。たしかに、交流大会中とはいえ、ここは騎士科の学園だ。騎士科のトップとして名高いダリオの合同演舞となれば、人が集まるのは当然だろう。
そうして大勢に見守られて始まったダリオとサニアの演舞は、さすがに見応えのあるものだった。
ダリオの剣舞は力強く、荒々しいものだった。敵を斬り払うかのごとく振られる剣は、観る者を圧倒し、身震いさえさせるほどの迫力がある。さらにサニアの魔法により音が加えられることで、より一層、戦いの場にいるかのような臨場感が生まれていた。
(なるほど、こういう魔法の使い方もあるのか)
午前中に披露された合同演舞でも、アンリとオーティスの演舞でも、魔法は視覚的な装飾として扱われることが多かった。それに対してダリオとサニアの演舞では、視覚に訴える魔法は一切用いられていない。
ただ、ダリオが剣を振るのに合わせて響き渡る音。薄氷が割れる繊細な音、地の割れる重い音、波が寄せて割れる激しい音。そうした音がサニアの魔法によって生み出され、剣舞に対して効果的に組み合わせられている。
その音によって、ダリオの剣舞がより一層迫力のあるものになっているのは明らかだった。ダリオとサニアのどちらの発案かはわからないが、ほかの合同演舞とは違った魅力を演出している。
「すごい。……なんだか、悔しいな」
隣でオーティスが呟いた。
アンリは何とも返せなかった。悔しがる気持ちはわかる。
オーティスの演舞はダリオの演舞に負けず劣らず素晴らしいものだった。むしろ剣による舞という部分だけを取れば、剣舞に慣れているオーティスのほうが、ダリオよりも美しく華麗に舞っていたとさえ言える。
だが、発想という点でいえば。
オーティスの演舞は良くも悪くも、一般的な合同演舞だったのだろう。精度こそ高いものの、午前中に行われたほかの演舞と同じ、その延長にある演舞だった。つまり、視覚に訴えるものだ。
それに対してダリオたちの演舞は、まず発想が違った。音で剣舞に迫力を加えようという演出は、これまで誰もやっていなかった。
オーティスは、そんな新しい発想に自分が至れなかったことを、悔しく思っているに違いない。
(オーティスが悪いわけじゃない。むしろ、俺がもっと演舞のことを考えて、俺の魔法でできることを思いつけていれば……)
魔法の技術そのものは、もちろんサニアよりもアンリのほうが上だ。魔法でできることは、サニアよりも多い。オーティスの剣舞をアンリの魔法でどう演出するか、アンリ自身がよく考えれば、何か良いことが思いつけたかもしれない。
唇を噛み、睨むように舞台を見つめるオーティス。
彼にそんな顔をさせてしまっていることが、アンリにとっては悔しく思われた。




