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言葉から間を置かずに、アンリは敵の男たちの間に鋭く攻め入っていた。制服の内に隠し持っていた小型のナイフを片手に持って、魔法は使わずに駆ける。
身体強化魔法など使っていないはずのアンリの速さに、男たちは対処することができなかった。アンリは駆け抜けざまに男たちの手や足を切りつける。一番の目的はもちろん、アンリの魔法を無効化する魔法器具を持った男だ。
逃げようとする男に、アンリは易々と追いついた。
「魔法が使えなければただのガキだって? 舐めんなよ」
中等科学園に進学するにあたり、魔法士科でも騎士科でもよいと言われていたのは、アンリの戦闘力の高さによる。それは魔法戦闘に限らない。大型の獣二十頭を相手に、魔法を使わずに簡単に勝利できるほどの身体能力が、アンリの戦闘力を支えている。
羽交い締めにされ、ナイフを突きつけられた男は、あっさりと魔法無効化装置を差し出した。手のひらに収まるほどの水晶玉のような魔法具を、アンリはナイフで叩き割る。
「さて。次は……おっと」
アンリは自分目掛けて放たれた火炎魔法を避けて空中へ跳び上がった。そのまま少しだけ飛翔魔法を使い、トウリの隣へ戻る。
アンリを追うように放たれた雷魔法は、アンリが掲げた左手に弾かれた。同時にアンリの魔力が加えられた魔法が、勢いを増して男の指輪を鋭く射抜く。
「……アンリ、お前」
「ああ、あとで説明します。それより先生、さっきはどこに通報したんです?」
防犯機構に繋がる腕輪に触れて、トウリはどこかに通報していた。通報先から、そろそろ誰かが到着してしまうのではないか。あまり部外者に戦闘を見られたくないと、アンリは心配していた。
「警備室だ。ただここは、警備室から遠いからな。もう少しかかる」
「それは良かった」
言いながら、アンリは自分に迫っていた無数の氷の刃に向けて、右手を向けた。氷は全て向きを変え、この隙に逃げようと背を向けていた男たちの周りを囲うように床に突き刺さる。自ら放った氷の刃に逃げ場を塞がれる形となって、男たちは足を止めた。
「逃げられると思うなよ」
アンリはそのまま右手に魔力を集め、男を真似た風と炎と雷の重魔法を放った。放たれた魔法は男たちの頭の上を駆け回る。男たちは「ひいいっ」と叫んで頭を抱え、うずくまった。
アンリは暴れさせていた魔法を操って、男たちの誰にも触れないぎりぎりの位置の床に着弾させた。轟音とともに、訓練室が振動する。男たちの悲鳴が響いた。
「俺の友達を怖がらせた罰だと思えよ」
腰が抜け、ほとんど脱力している男たちにどれだけ言葉が通じたかはわからない。
アンリは次にすべきことを少し迷ってから、岩石魔法を発動した。アイラにやったように、男たちを石の鎖で床につなぎとめる。既に逃走する気力を失っている男たちに必要だろうかとは思ったが、アイラに使ったよりも頑丈な鎖を作り、おまけとして猿轡も噛ませた。
ひととおり片付いて、アンリは隣で呆然と立つトウリに向き直った。
「意外とあっけなかったですね。……あ、先生。ちょっと通信魔法が届いてるんで、受けていいですか?」
「……ああ」
トウリの許可を得て、アンリは隊長からの通信魔法に応答した。
『アンリ、お前のいる中等科学園で普通ではあり得ない魔力の波が観測されたぞ。何をやったんだ? まさかとは思うが、模擬戦闘で変なことはやっていないよな?』
通信を受けた途端に、隊長の呆れ声がアンリの頭に響く。昨日、中途半端にアイラと決闘するなどと伝えてあったから、心配されたのだろう。しかし、模擬戦闘くらいでそんな魔力を使う常識のない人間だと思われているのだろうか。
『例の犯罪組織が攻めてきたので、反撃しただけです。あのトップの男、捕まえましたよ』
『お、助かる。殺したか?』
『ちょっと迷いましたけど、生かしてあります。殺しておいたほうがいいですか?』
殺害許可は以前から下りていたので、殺しても問題ないはずだった。しかしアンリが防衛局の戦闘職員であることを知らない友達の前で、というのはさすがに気が引けたのだ。迷った挙句、アンリは敵を戦闘不能にして、石で拘束するまでにおさめた。
『いや、いい。通報はしたか? 普通の通報だとイーダ支部の人間が行くだろうが、今回はうちで追っかけてた相手だからな。俺もあとで行く』
『お願いします。先生と友達に見られちゃったんで、説明も頼みます』
『……お前、さらっととんでもないこと言ったな』
いったん通信魔法を切った。警備員がやってきて、訓練室の惨状に驚いているところだった。しかし、トウリと言葉を交わし、敵が全員拘束されている状況を見ると、やや落ち着いたようだ。通信具を使ってどこかへ連絡を入れていた。防衛局への通報だろう。
「アンリ君! 大丈夫っ!?」
「アンリ……お前、いったい何者なん?」
壁際で固まっていた魔法研究部の面々も、ようやく事態が収まったことを認識したようで、アンリの元へ駆け寄ってきた。どう答えて良いか迷って、アンリは曖昧に笑う。
「まあ、今度説明するよ。とりあえず今日は帰ろう。模擬戦闘も中途半端になっちゃったな」
アンリはアイラを取り押さえていた岩石魔法を解除した。アイラは疲れた様子で立ち上がり、勢いよくアンリを睨む。
「貴方、私には手加減していたわね! よくも!」
「当たり前だろ。防護壁が一、二枚しかない訓練室で重魔法を使おうってほうがおかしい」
アンリは室内を見回した。敵やアンリの放った重魔法により、壁や天井、床に大きく穴が穿たれている。またしばらく、訓練室が使えなくなるだろう。重魔法から部屋を守ろうと思えば、防護壁が十枚はほしいところだ。
それでも噛みつこうとするアイラをハイハイと軽く宥め、その背を押して全員で訓練室を出た。……が、さすがに許されなかった。
「お前ら、医務室に行ってろ。特にアイラ、火傷をちゃんと治しとけ。勝手に帰るなよ。……それから、アンリ。お前はここにいろ」
意外と早くに冷静さを取り戻したトウリに呼び止められ、皆に紛れて退出しようとしていたアンリはため息をついた。




