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(31)

 両手に短剣を持ち、アンリは大きく踏み込んで、自分から接近戦を仕掛けた。


 ダリオは驚いた顔を見せながらも、すぐに対応してみせる。魔法を払うために大きく振るっていた剣を素早く引き寄せ、近付いたアンリに向けて振り下ろす。勢いのある重い剣だ。アンリはそれを、両手の剣を交差させるようにして受けた。


 同時に、土魔法でダリオの足下の地面を崩し、風魔法で強く風を吹かせる。ダリオは一瞬だけ眉を寄せ、強く踏ん張るように足に力を入れた。その隙に、アンリはダリオの剣を弾く。


 攻守の逆転。今度はアンリが剣で攻める番だ。


 ダリオの剣を弾いた勢いそのままに、アンリは右の剣でダリオに斬りかかる。もちろん止められるが、そのまま左の剣も振り下ろす。ダリオはアンリの右の剣をいなすと、左の剣をそのまま受ける。


 そこでアンリは右の剣をもう一度ダリオに向けつつ、反対側から水魔法で水弾を飛ばした。


 さすがのダリオも両手の剣に魔法まで加えた同時攻撃には対応できないだろう、と思ったのだが、甘かった。ダリオはアンリの左の剣を弾くと、一歩身体を引いて右の剣を避け、反対側からの水弾を剣で弾いた。


 さらにダリオはその剣を、そのままアンリに向けて振り下ろす。


 防がれるだけでなく、反撃までされるとは。


 アンリは舌打ちしながら結界魔法でダリオの剣を防ぎ、両手の剣はダリオを攻めるのに使った。加えて火魔法でダリオの足元を焼く。


 しかし、その程度ではダリオを怯ませることはできなかった。


 剣が透明な壁に止められようと、足元で赤い火が上がろうと、ダリオは動揺を見せなかった。アンリの動きから目を離さず、見せかけだけの魔法には目もくれず、自分に迫る攻撃は剣であろうと魔法であろうと、確実に止める。


 アンリは剣と魔法を組み合わせて攻め続けたが、どの攻撃も一向にダリオには届かない。二本の剣と魔法で攻めるアンリに対し、ダリオは長剣一本だ。それなのに、アンリの攻撃はことごとく防がれ、あるいは避けられる。


(こっちは短剣とはいえ剣二本と魔法で戦ってるんだけど。なんで、剣一本でそれが全部防げるんだよ……)


 片手で扱う短剣での攻撃は長剣に比べて軽いので、一撃ずつで言えば受けやすいだろう。魔法にしても、アンリはだいぶ手加減をしている。今のところ、当たったところで怪我はしない程度の弱い魔法しか使っていない。


 それでもアンリのほうが手数は圧倒的に多いはずなのに、攻撃の全てを防がれるかかわされている。


 その上これだけ動いているというのに、ダリオは全く息を乱していなかった。流れるような動きでアンリの攻撃に対応してみせている。攻めているのはアンリだが、優位に立てている気は全くしない。


(少し、攻め方を変えるか)


 アンリはそれまでよりも少しだけ、使う魔法の威力を上げた。どうせ当たらないのなら、怪我をしない程度に、などと手加減をする意味はない。


 効果はあった。ダリオが魔法を打ち払うのに、簡単な一振りでは済まなくなったのだ。水魔法を払いそこねて水弾の一部を腕に受けたダリオが、表情を歪ませる。


 しかし、隙が生まれたかといえばそうでもない。水弾が当たった瞬間を狙ってアンリが攻め込んでも、その剣はあっさりと弾かれてしまった。


 しかもダリオの対応は早い。一度魔法を受けて以降、ダリオは魔法に対して剣を振るうことをやめた。魔法は身を捻ってかわし、剣はアンリの剣を受けるのに使う。


 そうして対応を変えてさえ、ダリオの動きは滑らかで、どこにも焦る様子がなかった。


(ちょっとは慌ててくれたっていいのに)


 こちらの攻撃に対して、相手が全く動じないのだ。アンリとしてはつまらない。


 仕方がないので、次は魔法の速さを変える。


 ダリオに避けられないように、それまでよりも速い魔法を打ち出した。まず水魔法。先ほど同様、最初の一回はダリオも避けそこねた。水弾を脇腹に受けて、ダリオの動きが一瞬止まる。


 その隙に、アンリは剣で攻めつつ別の方向から火魔法で足を狙った。するとダリオはさすがに大きく飛び退って、魔法と剣を回避する。


 ようやく距離が空いた。


 ところが、その隙にアンリが魔法による攻撃を重ねようとしたところで、すぐにダリオが距離を詰めてきた。アンリは驚きつつ、右手の短剣で彼の攻撃を受ける。しかし、勢いの乗った剣は重い。受けきれずに、左手も加えてなんとか弾いた。


 そこからは、ダリオの攻めになった。


 アンリは彼の剣を受け、流し、弾きつつ魔法で脇から攻める。先ほどと同じく威力と速さを増した魔法だ。水魔法に氷魔法、木魔法、ときには火魔法も使って攻撃する。


 ところがダリオは最初の一回だけで慣れたと言わんばかりに、その全てを回避してみせた。避けるに当たって隙も生まず、攻撃の手も休めない。アンリから見れば、まるで手品のような動きだ。


(本当に、化物かよ……っ)


 アンリは思い切って彼の剣を弾くと、さらに魔法の威力と速さを高めた。


 すると驚いたことに、ダリオは突然、アンリの魔法に向けて力強く剣を振るった。最初に魔法を打ち払っていた頃の簡単な一振りではない。力みはないが、速く鋭い一振りだ。


 その一振りで、勢いを増した魔法さえ霧散した。


「嘘だろ……」


 アンリが呆れて思わず声を漏らすと、ダリオの口元に一瞬笑みが浮かんだ。しかし何を言うでもなく、また攻撃が再開される。


 アンリは剣を受けつつ、後ろにどれだけの距離が残っているかを考えた。自分から攻めていたときは前に出ていた。しかしダリオの攻撃を受けるようになってからは、後ろに下がる一方だ。それも一回の攻防につき、かなりの距離を下がってしまっている。このままいけばまもなく試合場を区切る線に至り、もしかすると場外に出て負けになってしまうかもしれない。


(仕方ないな……)


 アンリはさらに魔法の威力を強めた。ダリオは魔法に対し、避けるか剣で払うかで対応している。剣で払えない威力の魔法を、避けることもできない速さで繰り出すことができれば、アンリにも勝機が生まれる。


 アンリは風魔法と氷魔法とを同時に使った。氷の礫を風に乗せて、勢いよくダリオに飛ばす。打ち払われる。


 それならさらに強い魔法で。次は風魔法の勢いを上げ、さらに速く氷を飛ばした。それでもダリオに打ち払われる。


(それなら……)


 アンリは最終手段を取ることにした。


 風魔法と水魔法とを重ねて、重魔法を発動する。


 ときどき間違えられるのだが、魔法を同時に発動するのと重魔法とでは、全く違う。単なる同時の魔法と異なり、重魔法では二つ以上の魔法が重なり、効果が絡み合い、単一の魔法に比べて威力が何倍にも何十倍にも高まる。


 風魔法と氷魔法の重魔法にしなかったのは、あまりにも危険すぎるからだ。戦闘魔法同士の重魔法など、一番隊の同僚を相手にした模擬戦闘でも滅多に使わない。


 風魔法と水魔法を重ねる。風の勢いに乗った水の流れが、ダリオの腕に向けて飛ぶ。その速さと勢いで、アンリはようやくダリオの意表を突くことができた。


 ダリオはそれまでと同じように、魔法を剣で弾こうとした。しかし、上手いとはいえ騎士見習い程度の者の手で弾けるほど、重魔法は甘い魔法ではない。


 魔法を弾ききれず、逆にダリオの剣が弾かれた。その勢いで、ダリオは剣を取り落とす。


 地面に転がる剣。ダリオは手首を押さえてしゃがみ込んだ。怪我をさせてしまっただろうか。しかし、これで試合は終わりだ。


 歓声がわっと湧き起こる。そのときアンリは初めて、観客の声さえ聞こえないほど試合に集中していたことに気がついた。観客たちは、静かに息を呑んで試合を見守っていたわけではないだろう。ところどころで歓声を上げていたはずだ。それが、これまで全く耳に入っていなかった。


 ふう、とひとつ息をついて、アンリは試合終了の合図として、右手の短剣をダリオに突きつけようとした。その瞬間。


 気づくとすぐ目の前に、ダリオの足が迫っていた。


(蹴りかよっ……!)


 咄嗟にアンリは顔を右腕で庇った。庇った腕を強く蹴りつけられる。その衝撃と痛みに顔をしかめながらも、アンリは冷静さだけは保っていた。


 まず近くに転がっていたダリオの剣を、岩石魔法で地面にがっちりと固定する。それから氷魔法で、ダリオの周囲の地面から数十本の氷の刃を生やした。鋭い氷に囲まれて、ダリオは今度こそ、身動きが取れなくなる。


「……今度こそ、本当に終わりですよ」


「そうみたいだね」


 諦めた様子で肩をすくめるダリオにアンリが左手の短剣を突きつけると、司会が試合終了とアンリの勝利を宣言した。






 二人で友好的な握手を交わし、観客に一礼しただけで、特別試合はあっさりとお開きになった。


 ちなみに握手は左手だった。互いに試合中に、右手を負傷していたからだ。


「大丈夫ですか。すみません、思い切り魔法をぶつけてしまって」


 最後に重魔法を放った際、ダリオはそれを弾こうとして剣を取り落とした。そのときに手首を捻ったように見えた。明日の公式行事に支障はないだろうか。


「気にすることはないさ。これが模擬戦闘というものだからね。大丈夫、医務室に行けば治る程度だよ」


 ダリオは笑いながら、右手をひらひらと振ってみせる。たしかに振っても平気な程度なら大丈夫だろうと、アンリはほっと安堵した。


「君こそ、腕は大丈夫かい。思い切り蹴り付けてしまったけれど」


「あ、はい、大丈夫です」


 試合の最後、ダリオの蹴りが顔に飛んできて、それを腕で受けたとき。腕に走った衝撃は相当のものだった。


 本当は、全く大丈夫ではなかった。


 痛すぎて嫌な汗が出たので、アンリは試合が終わった直後に、治癒の魔法でこっそり治してしまったのだ。放っておいたらかなり腫れていたに違いない。


 治療したことを正直に伝えるわけにはいかないので、アンリは苦笑いでごまかす。


「あそこで蹴りが出てくるとは、思いませんでした」


「誰でも勝ったと思ったときが一番油断するものだからね。とはいえ、君はすぐに切り替えてしまったから、結局逆転はできなかったが」


 あのときアンリがすぐに対応できなければ、きっとダリオは剣を拾いに行っただろう。そうして油断しているアンリに剣を突きつけ、逆の結果で試合を終わらせていたに違いない。


 アンリはこれまでの経験からダリオの考えを読み、武器を押さえてダリオを制した。勝つことができたのは、これまでに戦闘職員として様々な訓練や実戦を重ねてきたためだ。もしもアンリがただの学園生であったなら、最後のダリオの一手には対応できなかったかもしれない。


「悔しいな、勝てると思ったんだが。……ところで最後の魔法だが、あれは、いわゆる重魔法というやつだろうか?」


 問われて、アンリは少しだけ迷った。重魔法が使える人など、本職の魔法士でさえ珍しい。一学園生に過ぎないアンリが当たり前のように重魔法が使えるなどと言ったら、不自然だ。きっとダリオも、重魔法を見るのは初めてだったに違いない。


「……はい、まあ。まだ練習中ですけど。上手く決めることができて良かったです」


「そうなのか。練習中であれだけの強さが出せるとは、恐ろしい魔法だな」


 ダリオは心底驚いた様子で目を丸くした。アンリは内心で申し訳なく思いながら「そうですね」とおざなりに相槌を打つ。


 重魔法について、これ以上は何も聞かれたくない。ダリオから「腕が痛むだろう、一緒に医務室に行かないか」と誘われたのを断って、アンリはそそくさと逃げるように控室へ戻った。

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